デネブさんに手を引かれて、私は外へと出た。
(いつもより夜の空気が、ひんやりしている)
街中はパレードで賑やかというより、むしろお化け屋敷になったような不気味さが漂っていた。
思わず怖くなって、私はデネブさんの手を強く握り締める。
デネブ「怖いの?」
かすかに震えていた私の手を包むように握り返し、デネブさんが優しく微笑んでくれた。
○○「ちょっとだけ……」
小さく笑い返すと、恐さを吹き飛ばすようにデネブさんが繋いだ手を大きく振る。
デネブ「僕がいるから、だいじょ~ぶ。あ、ほらメインストリートにフロート車が通るよ」
○○「ほんと……」
ちょうど目の前を、たくさんの電飾に彩られたフロート車が音楽に見送られて通り過ぎていく。
その曲も明るい感じではなくて、ぞくっとするような、どこかホラーな雰囲気が漂うものだ。
デネブ「見て見て。あの山車の上はステージになってる」
○○「本当。仮装をみんなに披露してるみたいですよ」
見れば沿道のお客さんが途中途中でステージに上がっている。
その時、山車のスタッフの人と目が合って、にっこり微笑まれた。
スタッフ「どうぞ、お二人様、あがってください」
○○「えっ」
(でも……ステージだなんて)
デネブさんが、ためらう私の手を引く。
デネブ「行こ! 僕達も驚かせる方に回ろ! きっとそっちのほうが百万倍楽しいよ」
返事をする間もなく、勢いをつけてステージの上へと引っ張り上げられる。
○○「……っ!」
上から見下ろすと、パレードに集うお客さん達が、山車に群がるゾンビか悪霊のようにも見えてきた。
(少し怖いな……)
手足が冷たくなって、驚かせるどころではない。
(どうしよう……!)
縋るように、デネブさんに振り返ると……
○○「え……っ」
デネブさんの腕が、私の腰の辺りにまわされ、包み込むように抱き寄せられる。
急に間近にデネブさんの整った顔が来て、どきっと胸が大きく鳴った。
(本当に堕天使に迫られてるみたい……)
○○「……恥ずかしいです」
そう言って、おずおずと目を伏せる。
デネブ「僕は堕天使だから、恥ずかしいなんて思わないんだよ……それに。 君に恋したから僕は天使でいられなくなっちゃったんだよ? 憐れと思ってるなら、慈悲をちょうだい」
堕天使になりきった、妖しげな視線で甘く囁かれる。
魔法にでもかかったように、その言葉を聞いていると、ふわっと唇に柔らかい熱が重なった。
(え……ここ、ステージの上……)
○○「デネブさん……あの……」
ありえないくらい……心臓の音が早くて苦しくなる。
この状況に呆然とする私に、デネブさんがまた悪戯な天使の笑みを近づけてきた。
デネブ「ねえ……その身を僕に……」
切なげに囁かれた言葉は、コスプレの延長なのか、それとも…-。
力が抜けそうだけど……しっかりとデネブさんが支えてくれているから崩れ落ちることはない。
デネブ「ほら、君は僕に魔法をかける魔女……もっと僕を虜にしてくれなきゃ。 ……それとも…君の方が、僕に魅入られちゃったのかな?」
いつもより大人びた真顔で迫られ、息を飲んだ。
○○「え……っ」
幻想的なパレードの灯りが滲む中、唇を寄せるデネブさんの顔が、私の視界に影を落とす。
とまどいもときめきも、全て包み込むようなキスは、本当の魔法のようで……
(このドキドキは……)
その正体がわからないまま、キスに夢中になっていく。
デネブ「これくらいで満足しないでよ。夜はまだ始まったばかりなんだからね」
ぞくっとする堕天使そのものの表情をたたえながら、デネブさんは私の髪を撫でた。
いつもと違う表情を見せる街の中、いつもより大人びた彼との忘れられない収穫祭の夜が更けていく。
皆の視線も忘れて、私はこの魔法のような夜に堕ちていった…-。
おわり。