薄青い月明かりに照らされた森の中…-。
カノトさんは、しっかりと私の手を引いて歩いていく。
そして、不意に振り向くと、私の髪に繊細な指先を伸ばして……
カノト「木の葉がついてる」
髪を撫でるようにして、はらりと木の葉が散らされた。
その後も指先を私の髪に巻きつけながら、カノトさんはじっと私を見つめてくる。
カノト「この後、僕の部屋、来て」
〇〇「……っ」
月明かりの中、カノトさんの瞳は光る宝石のように瞬きながら輝いていた。
強く惹きつけられて、視線がそらせず、そのまま私は頷いていた…-。
…
……
初めて入ったカノトさんの部屋は、い草の香りが漂い、四角が規則正しく並ぶ格子の窓辺が美しい。
カノト「こっち」
森から一度も外されることのなかった手を、いまだしっかりと握られたまま、奥へと引っ張られていく。
その先には……
(えっ……?)
畳のベッドの上に布団が敷かれており、ここもい草の青々しい香りがしていた。
カノト「今夜、一緒に寝て」
〇〇「……っ!?」
驚いてカノトさんの顔を見つめるけれど、彼に臆した様子はなくて……
〇〇「え、あの……」
言葉を探していると、カノトさんは小首を愛らしく傾げた。
カノト「お願い……」
胸が大きく鳴って、その後もドキドキが加速していく。
(これって……純粋に甘えているだけなのかな……?)
そう考えて、なんとか落ち着こうと深呼吸をした。
カノト「……だめ?」
かわいそうになるくらい目尻が下がり、反射的に顔を左右に振ってしまう。
カノト「なら、よかった」
〇〇「あ……っ」
急に強引に手を引っ張られ、ふかふかの布団の上に、カノトさんと一緒に倒れ込んだ。
ぎゅっとしがみつくように抱きしめられて、また胸が一つ音を立てる。
(カノトさん……温かい……)
カノト「こうすると、もっともっとドキドキする」
カノトさんの甘い声が、鼓膜を撫でる。
〇〇「私も……」
そう言うと、ぎゅっと胸のうちに抱きこまれた。
カノトさんのまとうかすかに甘い匂いが、ふわりと鼻腔をくすぐって……
カノト「このドキドキは、嫌じゃない」
カノトさんに、耳元近くで熱く囁かれる。
(顔が……近くて……)
そっと距離を取ろうとすると、カノトさんが許さないというように腕に力を込める。
強く抱きすくめられ、身じろぎしかできない。
カノト「外に出るから、危険な目にあう……」
〇〇「……?」
カノト「あのとき、花を摘みに行こうと思ったけど……。 もういいんだ。それは従者に取りに行かせればいい……もう〇〇を一人にしない。 家にいれば、危ない目にもあわない。だから、ずっとここにいて?」
上目遣いに潤んだ瞳で、すがるような表情で見上げながらお願いされる。
早まる鼓動を感じながら、吸い込まれそうな瞳を見つめた。
〇〇「……っ」
気づけば、まるで魔法にかかったように頷いている。
(抗えない……)
カノト「よかった。もう腕の中から出さないよ」
〇〇「出さないって…-」
カノト「出さない……怖いから。 外は怖い。君がいなくなったから」
戸惑いに揺れる心を落ち着かせながら、私はカノトさんの顔を見つめた。
それは、初めて喪失という経験をした、カノトさんの選択かもしれない…-。
〇〇「いなく……ならないですよ」
カノト「嘘……やだ」
彼は、さらに私のことを強く抱きしめる。
まるでカノトさんの腕という籠に入れられた小鳥のような気持ちになってしまう。
けれどそれは不思議と、暖かく居心地が良くて…-。
(今は……これでいい……)
美しい鳥籠に、二人して入る姿が頭に浮かぶ。
そんな絵画のような情景を思い描きながら、私は彼の背にそっと手を伸ばしたのだった…-。
おわり。
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