急停止をしてしまったローラーコースターの中で、ざわめきは大きくなるばかりだった。
(ジェットさん……)
思わず、彼の方を振り向くと……
ジェット「……任せろ」
安心させるように私の手を握った後、ジェットさんは自身の安全バーを外し立ち上がった。
ジェット「皆、大丈夫だ! すぐ右側が、非常通路になっていて階段もある。 足元に気をつけて、非常通路に出てくれないか。 これから俺が、一人ずつ手助けをする」
よく通るジェットさんの声が、お客さん達のざわめきを静める。
(すごい……)
皆、ジェットさんの声に耳を澄ませていた。
ジェット「じゃあ先に、女性と子どもから…-」
その時だった。
男の子「……僕も!」
母親「あっ……!」
安全バーを外された男の子が、そのままコースターから飛び出してしまった。
男の子「僕もヒーローになるんだ!」
非常通路までの道は狭く、今にも男の子がコースから落ちてしまいそうで……
母親「だ、誰かっ、誰かうちの子を……っ!」
〇〇「……っ!」
慌てて追いかけようとした私を、ジェットさんが制止する。
ジェット「俺が行く。だからお前は、母親を支えてやってくれ」
〇〇「は、はい!」
ジェットさんが男の子を追いかける間に、私は母親の元に歩み寄った。
〇〇「大丈夫です。ジェットさんが必ず助けてくれます」
母親「ジェット王子が……うちの子を……」
すぐさま男の子に追いついたジェットさんは、その子の体を抱き込むようにして支える。
ジェット「強いヒーローだってことはわかった。けど……。 がむしゃらなだけじゃ、ヒーローにはなれないぞ」
男の子「……でも」
ジェット「来い。ヒーローなら、母親を不安にさせちゃ駄目だろ。一緒に避難するぞ」
男の子「……!」
ジェットさんに言われて、男の子がハッとしたようにこちらを見る。
男の子「うん……お母さんのこと、守らなきゃ」
ジェット「よし、いい子だ!」
ジェットさんは男の子の頭をくしゃりと撫でると、軽々と抱き上げた。
母親「よかった……」
安堵からか、脱力する母親の背中を私はそっと支えた。
男の子「お母さん、ごめんね」
男の子が非常通路に無事にたどり着いたことを確認し、私も残された母親を促す。
〇〇「じゃあ、ゆっくりとこちらの通路に出てください。慌てなくて大丈夫です」
母親に続いて、他のお客さん達も避難を始めた。
やがて、全員が非難を終えた頃…-。
ジェット「お疲れさん、ほら」
私に向って、ジェットさんの大きな手が差し出される。
〇〇「ありがとうございます」
その手を取り、非常通路へと行こうとした時…-。
〇〇「……っ!」
がくんと足を踏み外し、体が大きく傾いてしまった。
ジェット「おいっ!」
すかさず、ジェットさんの腕が私を力強く抱き寄せる。
〇〇「す、すみません」
ジェット「……ったく。勘弁してくれよ」
ぎゅっと、抱きしめられる力が強くなって……
ジェット「一番怪我させたくない奴に怪我されでもしたら……スタントの名折れだよ」
〇〇「え……」
ジェット「ほら、行くぞ」
ジェットさんに支えられながら、非常通路にたどり着く。
(今……)
しっかりと握られた手から感じる彼の体温が、とても熱かった…-。
その後…-。
ジェット「今回は、本当にすまなかった!」
ジェットさんはお客さん達の前で、深々と頭を下げた。
ジェット「せっかく楽しみに来てくれたのに、こんな不安にさせちまって……。 念入りに確認を重ねて、もう二度とこんなことが起きないように…-」
お客さん達は、それぞれ顔を見合わせた後…-。
乗客1「でも、ジェット様に助けていただきました」
乗客2「王子様が先導してくれるなんて……ちょっとドキドキしてしまいました」
男の子「うんっ! 僕、王子様のこと、本物のヒーローみたいって思った! ありがとう!」
ジェット「皆……」
心温まる言葉に、ジェットさんが感激した様子で、くしゃりと顔を崩す。
(よかった……)
…
……
再びローラーコースターが整備に入った、その後…-。
私達は二人、このアトラクションから去るお客さん達を見送っていた。
〇〇「ジェットさん、お疲れ様です」
ジェット「いや……お前にも、すげー怖い思いさせちまったよな」
ジェットさんが、申し訳なさそうに目を伏せる。
〇〇「私は大丈夫です。ジェットさんが一緒でしたから」
ジェット「〇〇……」
〇〇「ジェットさん、本当にヒーローみたいで、格好よかったです」
ジェット「そっか……」
ジェットさんが、照れくさそうに頬を掻く。
そして…-。
ジェット「俺、お前のヒーローになれたか?」
彼の優しい微笑みが、私に向けられた。
(ジェットさん……?)
いつもの豪快さとは打って変わった彼の表情に、とくんと胸が音を立てる。
〇〇「はい……。 皆を先導する姿、とても格好よかったです」
素直にそう伝えると、さらに嬉しそうに目が細められて…-。
ジェット「そっか。よかった」
その言葉と共に、すっと手を私に差し出す。
ジェット「もちろん、皆を助けなきゃって思ってたけどさ。 ……俺は、お前にとって一番のヒーローでいたい」
〇〇「!」
ジェット「いつだって、〇〇の危険には駆けつける。 ずっとずっと、お前の一番のヒーローでいてやるからな!」
まっすぐな言葉が、私の胸をいっぱいにする……
ジェット「だから次も、懲りずにまた付き合ってくれよ!」
〇〇「……もちろんです!」
差し出された手を取り、彼に寄り添う。
抱き寄せられたその力はとても強くて……何からも守られているような、そんな心地を感じていた…-。
おわり。