エッグレースを邪魔する風は、おれの魔法でやんだ。
(きっとあんたのことだから、皆のためにやってくれたなんて思ってるんだろうけど……)
(それも、もちろん嘘じゃない。皆が楽しみにしてるんだから、邪魔なんかさせないよ)
(だけど、やっぱりおれにとって一番大切なのは……)
そう思いながら辺りを見渡すと、人々が風がやんだことを喜び合いながらスタート地点へと向かっている。
(……あんたのために、頑張るから)
(あんたのキスは、絶対に誰にも渡さない……!)
心の中だけでつぶやいて、おれもスタート地点に向かった。
…
……
エッグレースは無事に再開され、いよいよ迎えた決勝戦…-。
(よし……ついにここまで来た)
スタート地点に立つと、心臓がバクバク鳴っているのがわかる。
(これで、優勝が決まるんだ……)
緊張して手が震えるのを必死で耐える。
(勝たなきゃ……絶対、勝たなきゃ。じゃないと、〇〇のキスが……!)
こんなことで緊張してるなんて、かっこ悪いから絶対に言えない。
(〇〇は……)
心を落ち着けながら応援席に目を向けると、緊張したような表情を浮かべる彼女がこっちを見ている。
(……おれ、絶対勝つから)
おれがぎゅっとスプーンの柄を握りしめたその時、司会者が手を振り上げた。
そして……
司会者「それでは……用意、スタート!」
スタートの合図を受けて、走者がいっせいに走り出す。
ゴーシュ「っ……」
たくさんの歓声が会場を包む。
だけど…―。
参加者3「わっ!!」
ゴーシュ「……っ!」
(また風が……!)
参加者達が、いっせいにバランスを崩しかける。
おれは何とか耐えたけど、このままでは脱落してしまう参加者が何人いるかわからない。
(このまま放っておけば、きっとおれは有利になる。だけど……)
ゴーシュ「……っ!」
(正々堂々と勝たないと、勝ったなんて言えないよ!)
おれは呪文を唱えながら右手を上げた。
すると…-。
参加者4「っと……」
風が向きを変え、皆が体勢を整える。
(よし……ラストスパート!)
そのタイミングを見計らって、おれは一気にスピードを上げた。
誰よりも早く、卵を落とさないように慎重に……
ゴーシュ「絶対に優勝は譲れない……!」
追い風にのって、ゴールへ…-。
司会者「ゴーール! 優勝は、ゴーシュ王子です!!」
これまでで一番大きな声援と拍手が、会場を包み込む。
(やった……やったよ、〇〇!)
表彰台へと案内される途中、応援席の〇〇を探す。
すると彼女は、自分の事のように嬉しそうに笑っていた…-。
…
……
感謝祭が終わり、おれが皆に魔法をかけた後…-。
星空を散歩する人々を眺める〇〇の隣に、おれは歩み寄った。
ゴーシュ「ね? ちゃんとおれ、優勝したでしょ」
下から彼女の顔を覗き込むと、綺麗な瞳がおれを見つめた。
ゴーシュ「あっ。先に言っておくけど、ズルはしてないからね! 確かにあの時、追い風になっちゃったけど、あれはたまたまで…-」
〇〇「うん、わかってるよ。優勝おめでとう。 ゴーシュくん、とっても素敵だったよ」
ゴーシュ「〇〇……」
(素敵……か。ちょっとは大人の男に見てもらえてるかな?)
(でも……もっとどきどきさせてあげるよ)
にやりと笑って、〇〇の方に一歩踏み出す。
そして……
〇〇「……!」
ぐいっと〇〇を引き寄せ、体を密着させる。
すると、触れた部分から伝わる彼女の熱が、みるみるうちに上昇していった。
ゴーシュ「おれのこと、褒めてくれるんだ?」
〇〇「そ、それはもちろんだよ。だって…-」
ゴーシュ「ねえ、優勝の賞品のこと、忘れてないよね? 賞品はあんたの、キス……でしょ?」
〇〇「っ……」
息を呑む〇〇の目には、戸惑いの色が浮かんでいる。
だけど、拒絶するような素振りは全然なくて……
(どきどきしてるの、聞こえてくる……おれのこと、意識してくれてるんだ)
(でも、まだもっと、あんたをどきどきさせてみたい)
ゴーシュ「忘れてるなんて言わせないよ? おれ、そのためにレースに勝ったんだし……。 あんただけは、絶対に……譲れない……」
指先で耳に触れると、〇〇の熱がますます高まっていった。
その瞳はわずかに潤んで、おれをまっすぐに見つめている。
ゴーシュ「キス、してくれるね?」
〇〇を見つめ返しながら、おれは言葉を紡ぐ。
すると彼女は、まるで俺の言葉に操られるようにゆっくりと顔を寄せ……
その艶やかな唇が、そっと、おれの唇に重なった…-。
おわり。