静かな星の光の下で、すべての音が遠ざかっていく…―。
(ケロタが消える……? 何言ってるんだ)
その清らかな光に奪われないように、慣れ親しんだ小さな重みを胸いっぱいに抱きしめた。
ケロタ「なあ……オマエ、見つけたんだな。 ありのままのオマエでいられる場所」
(……やめてよ)
ケロタ「……よかったな」
(やめろ……!)
ビッキー「ケロタ! 行かないで……! ケロタと、ずっと一緒にいたいんだ!」
ケロタは、いつものように心配そうな瞳で僕を見つめる。
ケロタ「……そうだな。 嬉しいよ……バカビッキー」
意地悪で、優しい声……
僕の名を呼ぶ聞き慣れた声が、闇に溶け入っていく……
ビッキー「ケロタ……!」
指先に微かな温度を残して、ケロタは……姿を消してしまった。
(嘘だ)
ケロタを探し、僕はそこら中に視線を彷徨わせる。
(いつもみたいに隠れてるんだろ?)
ケロタのことなら、どこにいたって見つけられる……そのはずなのに、視界のどこにもケロタはいない。
(どこにいる? 出てきて……!)
〇〇「ビッキーさん……!」
彼女に顔を覗き込まれて、僕は世界が崩れ去ってしまったような気持ちになる。
彼女にそっと抱きしめられるけれど、その手を遠ざけなければいけない気がした。
(……ああ、そうか)
ビッキー「幸福なメロディーを聴いたんだ……。 君の髪にキスをした時……僕は、知ってしまったんだ。 これ以上ないほど、幸せな音……君を想う、胸の音を……」
〇〇「……っ!」
自分の一言ごとに、心が壊れそうに痛む。
ビッキー「僕が、恋をしたから……? ケロタは、僕のせいで……!」
(そうだとしたら……僕は、いったいどうすればよかったんだろう)
(君に出会わなければよかった?)
(君に恋をしなければよかった?)
(そうすれば、ケロタとずっと一緒にいられたのかな……?)
〇〇「ケロタ……」
彼女のか細い声が聞こえたけれど、怖くて顔を上げることができない。
(そんなこと……思えない)
(だって……こんなにも、君が愛しい)
(それは、いけないことなのかな)
〇〇「ビッキーさん、これ……」
彼女がふと僕の傍から離れ、地面にしゃがみ込む。
彼女が拾い上げたものは、小さな石のついたネックレスだった。
ビッキー「これは……?」
どこかケロタに似た色合いのその石は、月の光を受けて鈍く光っていた。
(まさか……)
目を見開いた、その時…-。
ビッキー「ケロタ……?」
天を仰ぐと、ケロタの歌声が聞こえてくる。
(……ここにいたんだね)
月の光に吸い込まれていく歌声はどこまでも明るくて……僕は彼女をそっと抱きしめる。
ビッキー「君にも聞こえる?」
何度も頷く彼女を見つめ、手の中の小さな石を握りしめた。
ビッキー「ケロタ……傍にいてくれるってこと? じゃあ、教えてくれないか。 僕は、どうやって生きていったらいい? ……ねえ、答えてよ」
(どうして答えないの?)
明るく歌うケロタの声は、二人で旅をした日々を思い出させる。
(バカケロタ……!)
ぎゅっと瞳を閉じると、彼女が僕の手を握る。
〇〇「ビッキーさん……私の傍にいてくれませんか?」
ビッキー「君の傍に……?」
深い水の底から見る遠い水面のように、彼女の言葉はぼんやりと光っている。
〇〇「はい……。 一緒に、旅を続けましょう。 いろんなところを回って……ケロタと、3人で」
(ケロタと、3人で……?)
僕は、彼女の必死な瞳を受け止める。
(……ねえ、僕、知ってるんだ)
(ケロタは、もういない)
(君は優しいから……僕のために、そう言ってくれるんだよね)
ビッキー「……そうだね」
(ごめんね……そんな言葉を口にさせて)
(君の優しさに、甘えていいのかな)
ビッキー「ずっと、一緒だね」
(そう望んでいいのかな)
〇〇「……はい」
ビッキー「ずっと……」
(ずっとなんてない……そんなこと、知ってるんだ)
僕はケロタのいない肩に手をあて、張り裂けるように思う。
涙が瞳からこぼれ……小さな石にポトリと落ちる。
―おい
―バカビッキー
(……ケロタ?)
―もう、怖がるな
ケロタの声が聞こえる……
―望むんだ。叶うかわからなくても
―ワシは一緒だぞ
―ずっと。ずっとだ。
その声と共に、ケロタの歌声が鳴りやむ。
途端、胸に温かな火が灯り……
ビッキー「……!」
〇〇「ビッキーさん……? ケロタの歌声が……!」
不安そうに僕を見上げる彼女を抱きしめ、僕は突然にその感情を知る。
(そっか……)
ビッキー「……大丈夫だよ」
〇〇「え?」
ビッキー「ケロタがくれたから」
(この気持ち……)
ビッキー「僕、君を守るから」
(君のために、強くなるから……)
(君が泣かないように)
(君が僕のことを見てくれるように)
(一緒にいられるように)
ビッキー「ずっと……」
胸の奥で響く、炎のように温かな歌……
その響きを胸に秘め、僕は彼女に笑いかけた…-。
おわり。