栗毛の美しい馬が、優雅に草原を駆けていく…―。
村人「馬を捕まえて、ブラッシングしてやってくれ。 明日花嫁を乗せるんだから、綺麗にしてやってくれよな」
馬に見とれていた私は、その声でハッと我に返った。
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村人1『ケロタは客人だけどな、そこの二人は違うぞ』
村人2『もし式に参加して歌を聴きたいなら、ちゃんと働いて式の準備の手伝いをするんだな』
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(……そうだった)
村人「そいつは野生みたいなもんだからな。蹴られるなよ~」
ビッキー「大丈夫? 疲れてるんじゃない?」
ビッキーさんが私の顔を覗き込み、心配そうに眉をひそめる。
○○「大丈夫です。すみません」
ビッキー「休んでて。僕がやるよ」
ビッキーさんは、そっと私の肩を叩いた。
ケロタ「おいビッキー、あまり遠くへ行くなよ。ワシは昼寝の時間だ」
ケロタが、切り株の上で落ち葉を布団に横になっている。
ビッキー「はいはい」
ケロタが寝息を立て始めると、ビッキーさんはためらいなく馬に近づいていった。
○○「ビッキーさん、その仔、蹴るって言ってましたよ」
ビッキー「大丈夫だよ。そんなこと、しない」
ビッキーさんは、余裕たっぷりにそう言った。
ビッキーさんが馬に近寄ると、走っていた馬が首を傾げて足を止める。
ビッキー「……いい子だ」
ビッキーさんは静かに馬のお腹を撫で、たてがみを掻いた。
○○「すごい……かわいいですね。 蹴るだなんて、おとなしい……」
駆け寄ろうとすると、ビッキーさんは静かに首を振る。
ビッキー「静かに。ゆっくり近づいて。 声も、できるだけ低く穏やかに」
○○「え……? はい」
言われた通りにすると、ビッキーさんが私の手を持って馬のたてがみを触らせてくれた。
○○「わあ……あったかい」
ビッキー「うん、上手だ。 馬は頭がいいから、怯えたり落ち着きない振る舞いをすると威嚇してくるんだ。 そのまま、ゆっくりお腹を撫でてごらん」
ビッキーさんは、私のそう言うと、優しく馬のたてがみにブラシを通し始めた。
馬は鼻をビッキーさんの肩にこすりつけて、気持ちよさそうに目を閉じている。
村人「驚いたな……なんだ、アンタ馬の扱いに慣れてるのか?」
ビッキー「ええ……まあ、世話は初めてですけど」
(そっか……王子様だもんね)
馬の横に立つビッキーさんはあまりにしっくりと景色に溶け込んでいて、まるでそこだけ一枚の絵のように見える。
ビッキー「どうかした? 僕、顔に何かついてる?」
○○「いえ……ビッキーさんが、なんだかさっきまでと違う人みたいだから」
ビッキー「そう?」
○○「はい」
(だって、さっきまでドジなことばかりして……)
ビッキーさんから目を離せずにいると、彼はふと寂しげにまつ毛を伏せた。
ビッキー「……君は、いなくなってしまう人だから」
○○「え?」
消え入りそうな声に、聞き返そうとしたけれど……
ケロタ「わわわわわわ!」
ケロタの声が近づいてきて、ビッキーさんの肩に貼りついた。
ビッキー「お帰りケロタ」
ケロタ「遠くへ行き過ぎたか! せっかく目覚めた早々美女スズメを口説いていたとこだったのに!! ちくしょー! ビッキー、早く呪い解くぞ~!! 今度こそ至福のメロディーだ!」
ビッキーさんが楽しそうに笑う。
先ほどの寂しげな声が、胸の中でこだましていた…―。