――――
ネペンテス『私も、あなた様の心意気に報いなければ……。 どうか、私のとっておきをご賞味いただきたい!』
――――
〇〇にお約束した通り、私は彼女を森深くの深淵部へと連れてきた。
食欲をそそられる麗しい気配を感じながら、怯える彼女の手を握り、ゆっくりと草を踏みしめる。
ネペンテス「さあ、ここです」
ネペンテス「では、これからあなた様に私のとっておきの美食を堪能していただきましょう!」
私の声に反応し、甘やかな匂いが辺りを包む。
〇〇「この香りは……?」
先ほどまでは怯えていた彼女も、甘い匂いに目を輝かせる。
(やはり女性は甘いものがお好き……というわけですね)
彼女の反応に満足しながら、私はとっておきのボトルを取り出した。
〇〇「ネペンテスさん、それは?」
ネペンテス「これは私のこれまでの研究で編み出した……いえ、詳細は話さない方がよいでしょう」
(先ほどのような簡単な調理法でも顔色が優れなくなってしまったのですからね)
フフと、込み上げてくる笑いをこらえきれないままに、私はボトルを逆さまにした。
その雫が地面に染み込むと…―。
〇〇「こ、これは……!?」
極彩色の蝶の群れが、甘い香りに導かれひらりひらりと舞い寄ってくる。
その輝きに負けないほどの美しさで、〇〇の目も輝き始めた。
ネペンテス「さあ、ご覧ください! この素晴らしき蝶の数々を!」
〇〇「綺麗……!」
瞳を輝かせ、うっとりと蝶達を見つめている。
(よかった、彼女にも気に入っていただけたようです)
甘美な香りを漂わせる蝶に手を伸ばしながら、私は彼女に話しかけた。
ネペンテス「ふふ……美味しそうでしょう?」
〇〇「え……?」
(……おや?)
てっきり私と同じ感想を抱いたとばかり思っていただけに、少々驚いて彼女を見つめる。
〇〇「こ、この蝶達を、まさか……?」
(なるほど、ヒメはあまり食事に興味がないようですね)
(女性は小食といいますし、そのせいでしょうか)
(そんな慎ましいところも愛おしい……)
そう思いながら、口を開いた。
ネペンテス「私はこの世界の万物をすべて食してみたいのです。 そう、この世には二つしか存在しないのです。それは美味しいものと美味しくないもの! 王子などに選ばれてしまったものの……いつか城を出て、究極の一品に出会いたい。 それが、私の生涯の望み……!」
高らかに宣言する私に、彼女はわずかに後ずさる。
ネペンテス「逃がしませんよ、〇〇?」
逃げだそうとする手を、しっかりと握った。
ネペンテス「長らく生きてようやく見つけた至高の存在……。 私はそんなあなた様と、この世のすべてを食らい尽くす旅に出たい。 そして、いつかあなた様が熟す、その時まで…―」
(その時彼女は、どれほど甘美な香りを漂わせることでしょう)
今でも彼女は私の舌を喜ばせてくれる。
しかし、まだ彼女はほんの蕾にすぎないのだ。
(この蕾が花開き、熟れた果実となった時……)
(あなた様はどれほど美味しくなるのでしょうか)
想像するだけで、胸が熱くなる。
ネペンテス「ふふ……ですから、その時が来るまで、今しばらくどうか私の傍に……」
〇〇「……っ」
耳元に囁きかけると、彼女はわずかに体を震わせる。
(恐怖を覚えることもまた、あなた様を豊かに育て上げる)
(それが私の手によるものならば、きっと私好みの味になるのでしょうね)
その時が、楽しみで仕方がない。
ネペンテス「可愛い方……」
彼女の髪を指に巻きつけて掻き上げると、頬を舐める。
舌先には、熟し切っていない新鮮な果実の味が触れた。
〇〇「……!」
彼女はぴくりとも動かず、私を静かに見つめている。
その間にも、極彩色の蝶は飛来し、私達の周囲を取り囲む。
(この高貴な光景も、あなた様を美味しく育てるスパイスになる)
ほのかに熱を帯びる彼女の体を抱き寄せながら、私は未来に思いを馳せる。
この体が熟す日を思い描きながら、私は今の彼女の温もりを肌に刻み込んだ…―。
おわり。