じっとりと湿った空気が、部屋の中に満ちている。
ネペンテス「私はこの舌で、その人となりを味わうことができるのです」
私の手をひと舐めするなり、そうネペンテスさんは口にした。
妖しげな笑みに、私はしばらく言葉を失ったままでいたけれど……
〇〇「わ、私、もう帰ります!」
逃げるようにその場を去ろうとすると、彼の手に腕を掴まれた。
ネペンテス「そんな……もうしばらく! 少しだけこの城にいてください!」
〇〇「こ……困ります……」
ネペンテス「そうだ! 最後に一度だけで構いません! お詫びを兼ねてあなた様に最高の美食を!」
〇〇「でも……」
ネペンテス「後生ですからっ!!」
結局……強引に押し切られる形で、私は一度だけネペンテスさんの、ヴィラスティン美食巡りへと同行することになったのだった…―。
だけど…―。
やってきたのは見るからに怪しい闇市にまぎれたレストランだった。
(お店の中は綺麗だけど……)
恐る恐る椅子に座り、料理が運ばれてくるのを待つ。
ネペンテス「お、やってきたようですね、この店の名物、知る人ぞ知る闇のフルコース……。 ううん……相変わらずかぐわしいこの香り……」
〇〇「……っ!!」
だけど、皿に並べられた料理を見て、私は声にならない悲鳴を上げた。
(な、何これ……)
そこに並べられたのは、口にするのもはばかられるような、得体のしれない料理の数々だった。
奇妙な粘液ゼリーに包まれた目玉のようなもの。
生きたまま、今まさに鉄板で焼かれようとする蟲のような生き物。
〇〇「……っ!」
思わず口元を押さえて、胃から何かが込み上げてくるのを必死で耐える。
ネペンテス「見た目は恐ろしいですが、どれも絶品ばかりです。このスープなどはいかがですか?」
笑顔のネペンテスさんに、目の前の皿を勧められて……
〇〇「……お先にどうぞ」
ネペンテス「よろしいのですか? では……」
彼は血のような真っ赤な液体を、嬉々としてスプーンで口に運ぶ。
ネペンテス「……うん、やはり美味しい! このスープはヴィラスティンいち、いや世界一の味です!」
〇〇「……そんなにおいしいんですか?」
ネペンテスさんの様子に、恐る恐る私も同じスープを口に運ぶ。
〇〇「……!! え……嘘、これすごくおいしいです!」
見た目に反して、そのスープの味は、これまでに味わったことがないと思うほどおいしかった。
ネペンテス「ふふ……そうでしょう?」
〇〇「でも、よくこれを食べようと思いましたね……」
ネペンテス「私の生きる理由、それは美食……。 見た目で判別がつくようなものは既に食べ尽くしています。 あなた様が口にしたそれは、生きた●●を▽▽して、そのまま×××した…―」
〇〇「…―!!?」
彼の口から出たおぞましい言葉の羅列に、思わず椅子から立ち上がり、口を再び抑える…―。
ネペンテス「おや、大丈夫ですか? そんなに顔を青くして」
〇〇「……」
ネペンテス「……どうやら外の世界の人には刺激が強過ぎましたか」
ネペンテスさんはため息を吐いて、私の横へ立ち上がる。
〇〇「え……?」
ネペンテス「あなた様は、本当に可愛らしい人ですね」
そう私の耳元に囁くと、彼は優しく私の背をさすってくれた。
ネペンテス「ふふ……本当に可愛らしくて、今すぐに食べてしまいたい」
私を見下ろす彼は、小さく笑い、舌なめずりをする。
〇〇「……っ!」
体を離そうとすると、彼の手がぐっと、私の腰を捕まえた。
その意外な力強さに、私はその場から動けなくなる。
〇〇「……」
ネペンテス「そんなに怯えないでください」
〇〇「……あの、ウツボカズラの一族の皆さんは、もしかして人も…―」
問いかけようとした言葉を、のど元で飲み込む。
ネペンテス「ふふ……どうでしょうか。しかしながら私は食物には旬があることを知っています。 故に、今のあなた様を食べたいとは思っていません。どうぞご安心を」
〇〇「……」
(なら、この先は……?)
胸中に沸いた疑問は、決して口にすることができなかった…―。