森で食あたりを起こして倒れているネペンテスさんを見つけ、私は城へと彼を運び込んだ。
やっとの思いで城までたどり着くと、門番が慣れた様子でネペンテスさんを彼の寝室まで運んでくれた。
(……大丈夫かな)
彼はベッドの上に寝かされ、先ほどから眠り込んだままだった……
城の侍従の方がネペンテスさんに付き添ってくれたため、私は彼の部屋を後にした。
中庭に出ると、そこにウツボカズラの王様が現れた。
王様「申し訳ございません。ネペンテスがああして腹を壊すのは、いつものことでして」
〇〇「いえ。早くよくなるといいのですが……」
すまなそうに頭を下げた王様は、顔を上げるなり、私をまじまじと見つめる……
〇〇「な……何か?」
王様「いえいえ、あなた様があまりにぴちぴちとして、美味しそうなもので」
〇〇「!?」
(今、なんて……?)
しかし初老の王様は、いたって真面目な顔をしている。
――――
ネペンテス『ああ……この香しい匂い……柔らかそうな肌……。 あなた様は……あなた様は、何て瑞々しくて、美味しそうなんでしょう!!』
――――
出会い頭にネペンテスさんが口にした言葉が、未だ耳を離れない。
(このお城の人達は、なんだか少し怖い……)
私は手短に挨拶を済ませると、中庭を後にした…―。
(早く帰ろうと思ったけれど……)
城から去ろうとしたけれど、ネペンテスさんの様子が気になって、一度様子を見ようと、彼の部屋を訪れることにした。
〇〇「ネペンテスさん、起きてますか?」
ネペンテス「……どうぞ。入ってください」
応えがあって扉を開けると、ネペンテスさんは窓辺に立っていた。
顔色は元通りに戻っているけれど、表情がどこか優れない。
ネペンテス「はあ……またこの陰気な城に舞い戻ってきてしまいました……」
〇〇「ネペンテスさん? もう体は大丈夫なんですか?」
ため息を吐く彼に近づき、そっと窓辺へと近づくと……
〇〇「……っ!!」
ネペンテスさんは私の姿を認めると、膝を折って、私の手を取った。湿った感触が、手の甲を撫でる。
視線を落せば、私の手を這った赤い舌先が、ネペンテスさんの唇から見える。
〇〇「っ、やめてください!」
ネペンテス「……!」
私は慌てて手を振り払った。
彼の視線から隠すように、もう片方の手で、手の甲を隠す。
彼の舌で触れられた部分が熱い……
ネペンテス「私はこの舌で、その人となりを味わうことができるのです」
〇〇「……味、わう……?」
ネペンテス「はい。本来ウツボカズラは根が弱く、足りない養分を他の生物を捕食することで補うもの」
ネペンテス「王子として大地と水の女神に選ばれた種子が、そのような力を持っていてもおかしくはないでしょう。 しかし…―」
彼は目を閉じ、肺に空気を大きく取り込む。
ネペンテス「この華やかな香り……それに、そっと触れただけで舌に残る優しい味わい……。 ううん……! 思った通り、あなた様はいい人だ。 このような味覚に出会えたことを私は女神に感謝しなければ……!」
感極まった様子で、彼は私の前に跪く。
〇〇「あ、あの……。 大丈夫ですか?」
ネペンテス「……大丈夫とは? 私は普段と何も変わりありませんが」
彼は立ち上がると、目と眉の間を広げて私に問う。
〇〇「……すみません、つい驚いてしまって」
ネペンテス「いいえ、謝る必要はありません。私はすっかりあなた様が気に入りました」
唇に形の綺麗な半円を描き、ネペンテスさんが微笑む。
その妖しげな笑みに……
私は微かに恐れを抱き、その場から動けなくなってしまっていた…―。