シュニー「こいつに手を出すな! こいつは僕の…-」
再び、シュニー君が右手を真っ直ぐ上に振り上げた時…-。
衛兵「お前ら、そこで何をしている!」
騒ぎを聞きつけたのか、市内警備の衛兵がこちらへ駆けてくる。
ナンパ男1「やべえ! 逃げるぞ!」
ナンパ男2「お、おう!」
男達は衛兵を見ると、一目散に逃げていってしまった。
〇〇「シュニー君……」
ほっと胸を撫で下ろし、悔しそうに口の端を手の甲で拭うシュニー君の元にしゃがみ込む。
〇〇「大丈夫ですか? ……口のところ、切れて血が出てますよ」
シュニー「これくらいなんともない」
〇〇「なんともなくないです」
私はポケットからハンカチを取り出し、シュニー君の怪我にそっとハンカチを押し当てた。
シュニー「……っ、いたた……」
〇〇「ごめんなさい……私のせいで」
シュニー「お前のせいじゃない、召使いの不手際は主人の不手際だ。 僕がお前から目を離してしまったから……」
〇〇「シュニー君……」
シュニー「お前の方こそ大丈夫か? 何もされてないか?」
私を見て心配そうに眉を寄せるシュニー君の手を、私は両手で包み込む。
それまで白くて小さいと思っていたシュニー君の手は、しっかりした男の子の手だと感じられた。
(この手で、私を守ってくれたんだ……)
〇〇「私なら大丈夫。助けてくれてありがとう。 さっきのシュニー君、とってもかっこ良かったですよ」
シュニー「……!」
不意に、シュニー君の赤い瞳が揺れた。
まだ幼さの残る顔つきのなかで、真っ赤な瞳がきらきらと輝く。
シュニー「……ありがとう、なんて……そんなこと他人に初めて言われた」
〇〇「え……?」
シュニー「……ううん、なんでもない、お前が無事で良かったよ」
シュニー君は照れたように、今しがた怪我をしたばかりの口元を手で覆い隠して、そっぽを向く。
その顔は、とても純粋で真っ直ぐな、少年らしい顔をしていた…-。
…
……
数日後の夕方…-。
しばらくスノウフィリア城に滞在していた私も、この国を去ることになった。
シュニー君のお兄さんが外遊から戻り、私が帰れるようにシュニー君に話をつけていたのだった。
(シュニー君と別れるのは、少し寂しいけど……)
〇〇「シュニー君、これまでありがとう、楽しかったです」
シュニー「……」
シュニー君は顔を伏せたまま、先ほどから何も話してくれなかった。
〇〇「……」
(せっかく仲良くなれたのに……怒ってるのかな)
シュニー君は私を送るために、城下町まで一緒についてきてくれた。
シュニー「……あのさ」
〇〇「……?」
不意に、シュニー君が私の顔を見て、言いにくそうに口を開く。
かすかに頬を赤くして、もごもごと口の中で何かを言っていた彼は…-。
シュニー「〇〇」
〇〇「は、はい」
(え……シュニー君、私の名前、今初めて呼んでくれた?)
真っ直ぐに私を見つめる彼の瞳を受け止めて、胸の中心がとくん、とくん、と音を立て始める。
シュニー「お前は特別に僕の召使いじゃなくて、友達にしてあげる。 だから、またこの国に遊びに来てよ、〇〇」
〇〇「私が……友達……?」
シュニー「光栄に思いなよ、僕が友達になってもいいなんて思ったのは、〇〇が初めてなんだから。 ね、〇〇!」
にっこりと、彼の口元に可愛らしい笑みが浮かぶ。
それはこれまでの少し意地悪な笑顔なんかじゃない、心からの笑顔…-。
(シュニー君のこんな笑顔、初めて見た……)
胸の内側が、暖かな熱を帯びていく。
〇〇「ありがとう、とっても嬉しいよ……シュニー君」
シュニー「当たり前だろ」
少し偉そうな言葉とは裏腹に、シュニー君が優しく笑う。
〇〇「絶対私、またシュニー君に会いに来るね、今度は友達として」
シュニー「うん、その時は〇〇のことを大切な友達として僕の城に招待するよ」
私達はお互いに笑顔を浮かべて、手を握り合った。
(あたたかい……)
細くて白い彼の手は、確かな熱を持っていた。
こうして私はシュニー君と約束を交わし、スノウフィリアを旅立った。
いつか友達として、この国にやってくることを楽しみにして…-。
空には、いつしか粉雪が舞い始めていた…-。
おわり。