ジェリーとの厳しい特訓の日々を越えて、いよいよ映画の撮影が開始された…―。
映画の内容は、古き良き時代の町娘と貴族との恋を描いたラブストーリーだった。
田舎から出てきた町娘が、身分を隠した貴族と出会い、数日の日々を共に過ごす……
そして、撮影初日に選ばれたシーンは…―。
映画のロケでやってきたのは、どこか懐かしさのある素敵な街だった。
監督「それじゃ今日の撮影は二人の出会いから行ってみよう」
緊張のせいか、話が耳に入ってこない。
(どうしよう……)
思わず自分の手をきつく握りしめる。
するとそんな私を見て、ジェリーが小声で話しかけてきた。
ジェラルド「平気ですか……?かなり固くなってるようですが」
○○「は、はい……初めての撮影で、なんだか息苦しくて……」
ジェラルド「楽に構えれば大丈夫です、全部僕がフォローしますから」
落ち着いた声でゆっくりと話し、肩を優しく叩いてくれる。
詰まっていた息が、ようやくしっかりと肺に通った気がした。
監督「じゃあシーン32、出会いから街中を探索するまで、通しでいってみよう!」
フィルムが回り始める…―。
私は気持ちを落ち着かせると、ジェリーとともに撮影に挑んだ。
…
……
ジェリーのフォローもあり、撮影は滞りなく進み、夕方を迎える頃には、私はすっかり緊張から解放されていた。
(演技だけど、こうして知らない街をジェリーと歩くの、楽しいな……)
知らない街角……知らない公園の噴水。
田舎から出てきた何も知らない娘は、街の様々な場所を貴族の青年に案内してもらう。
それはさながら、デートのような甘いひと時…―。
ジェラルド「○○、すっかり、撮影を楽しんでいるみたいですね」
○○「はい、ジェリーのおかげです」
休憩時間に声をかけられ、笑顔で答える。
すると……
ジェラルド「ふふ……笑顔も朝の時よりずっと自然で素敵ですね」
ジェリーの綺麗な手が、私の頬を優しく撫でた。
○○「そ、そうでしょうか?」
ジェラルド「はい。硬かった表情が、こんなに柔らかくなって……」
ジェリーの手のひらの熱を感じると、違う緊張が私の体を走ってしまう。
ジェラルド「ほら、そろそろ夜のシーン撮影に入るみたいです、僕らも行きましょう」
ジェリーが、現場に集まり始めたスタッフを見て歩き出す。
私はその後を、慌てて追いかけた…―。
…
……
こうして再開した撮影は、二人の出会った一日の最後を描いた、夜の帳が落ちた街を二人が馬に乗って散策するシーンだった。
煌々と明かりが灯ったロマンチックな街並みを、二人だけで楽しむ。
やがて恋人達となる二人が初めてお互いを意識する大切なシーン……
ジェラルド「見てください。お嬢さん、あの夜景を……。 まるで僕達の出会いを歓迎しているようだ……」
○○「はい、本当に美しいですね」
台本通りの台詞が、ジェリーの口から優しく紡がれる。
だけどジェリーの声は甘やかに私に届いて、くすぐったい気持ちになる。
(これは演技なのに……)
手綱を引いていた彼の手が、私の体をしっかりと支えた。
(……っ)
近づく彼の体温が温かくて、優しげな雰囲気に身を委ねそうになる。
○○「……」
ジェラルド「……」
しばらく奇妙な沈黙があって、ジェリーがさりげなく、私の髪に指をかけた。
恋人らしい距離感で近づいて、耳元で囁く。
ジェラルド「…………台詞」
○○「……!え、ええ、私の住んでいた所は、夜はもっと暗く怖かったわ。 だけど、今はこんなに素敵な灯りが……貴方が夜を照らしてくれる」
ジェラルド「それは良かった、僕の可愛らしいお嬢さん」
片目で目配せされて、ほっと息をつく。
(よかった、うまくごまかせた……)
ジェラルド「だけど、僕にはこんな夜景よりもあなたの方が美しく見える」
○○「……っ」
ジェリーが私の肩を抱き、ぐっと唇を私の頭に寄せる。
ジェラルド「もっと傍に、これからも共にいられたらいいのに……」
近づいてきた唇は、私の頬をくすぐり始める。
○○「……!?」
(こんな台詞……台本にあったかな?)
かすかに騒ぎ出した心を抑えて、彼の方を振り向くと……
ジェラルド「……」
ジェリーは、少しイタズラめいた微笑みを浮かべていた。
ジェラルド「ねえ、僕は聞きたいのです。あなたの唇から、あなたの気持ちを……。 ……○○」
○○「!!」
台詞の最後につけ加えられたのは、私の名前…―。
私にしか聞こえない、小さな小さな声……
(これは……演技なの?)
(それとも……)
鼓動が徐々にうるさくなり、頬に熱を感じ始める……
だけど、演技でも本心でもどちらでも構わない。
今この時に、彼と同じ舞台に立っていることは、間違いない事実なのだから……
○○「ずっと、あなたの傍に……。 …………ジェリー……」
私も彼にしか聞こえない声で囁くと、ジェリーが綺麗に微笑んだ。
けれどその微笑みの向こうにある、彼のあふれる喜びが、今私に伝わってくる……
ジェラルド「……」
ゆっくりと、ジェリーの顔が私に近づく。
やがて重なる熱い唇の感触を感じて、私はすべてを彼に委ねるのだった…―。
おわり。