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ジェラルド『そうだ、あなたのために、この後はオフを取ってあるんです』
〇〇『私のために……?』
ジェラルド『はい! せっかくだから、一緒に食事に行きたいなと思って』
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一緒に食事に行こうと、控室を出たところで……
ジェラルド「あ! 〇〇、ちょっといいですか?」
〇〇「……?」
ジェリーは手で隠すようにして、私の耳元に唇を寄せる。
ジェラルド「先に表から出て……一度、駅の方にゆっくり歩いていってもらえますか?」
ジェリーに言われて、外の様子を思い出す。
劇場の外までファンの人達があふれていたことに気付いて、私は頷いた。
ジェラルド「よろしく、僕も後から行きますから」
〇〇「わかりました、駅の方ですね」
ジェラルド「うん、一緒に出られなくてごめんなさい」
寂しそうに、ジェリーが眉を寄せる。
ジェラルド「じゃあ、また後で」
彼は優雅に手を振った後、すっと踵を返した。
(やっぱり、有名人なんだ……)
…
……
言われた通りに正面入り口から外に出ると、辺りはもう暗くなっていた。
集まったファンの子達は、誰もが目をキラキラと輝かせている。
ファン1「あー、もう最高だった! ジェラルドくんのあの笑顔!!」
ファン2「もう、見てるだけで幸せだよねー!!」
(やっぱりすごいな)
(こんなに多くの人に、夢を与えられるなんて……)
今更になって、ジェリーのすごさを再確認する。
そんな人が、私ために時間を割いてくれる……
(なんだかドキドキしてくる……)
足取りが自然と軽くなり、私は駅へと向かった…-。
…
……
ロマンディアの街は、古き良き街並みの中にも遊び心が感じられて、ただ歩いているだけでも、楽しげな気分になった。
(あ、あれは……)
ライトに照らされた大型の看板の中に、ジェリーの姿を見つける。
(何かの広告かな?)
さきほど控室で見た彼とは違う、凛とした笑顔がまぶしい。
(この笑顔も、素敵だけど)
私に見せてくれた、柔らかな笑顔を思い出す。
(あの笑顔が早く見たいな)
そんなことを思いながらしばらく歩いていると、駅が見えてきた。
(ジェリー、どこにいるんだろう?)
その時……
後ろから車の音が聞こえてきた。
黒塗りの高級車が徐々にスピードを緩めると、私の横で停止した。
ジェラルド「……〇〇!」
(……? この声……)
窓から私の名を呼んだ人は、眼鏡をかけ目深に帽子を被っていた。
かすかに眼鏡のフレームがずらされると、そこに見えたのはアメジスト色の瞳……
〇〇「あ、ジェリーーっ」
思わず名前を呼びそうになって、口を閉じる。
そんな私を見て、ジェリーはくすりと微笑んだ。
ジェラルド「お待たせしました! 人に見つからないうちに乗ってください」
後部座席のドアを開けて、ジェリーが私を手招きする。
ジェラルド「さ、早く」
〇〇「は、はいっ!」
手早くドアを開けて、ジェリーが私を車の中へ案内する。
すると彼は帽子とメガネを外して、胸元から取り出したハンカチを席に敷いてくれた。
〇〇「ありがとうございます」
ジェラルド「当然のマナーですよ。 小さな頃から姉と妹に囲まれて育ってきたので。女の子には優しくするようにって、言われて」
柔らかな微笑を浮かべられてそう言われると、なんだかくすぐったい気持ちになる。
ジェラルド「大丈夫です、車を出してください」
私が乗り込んだことを確認して、ジェラルドさんが運転席に声をかける。
どうやらマネージャーさんが車を運転しているらしい。
ジェラルド「〇〇。今日は僕の行きつけのお店に行きましょう。 お店のオーナーシェフがすごく素敵な料理を出してくれるんです」
〇〇「少し緊張しますね」
ジェラルド「〇〇もですか?」
〇〇「……? 行きつけのお店なんですよね?」
ジェラルド「あなたみたいな可愛い子と一緒に行けることは、めったにないですから」
〇〇「……!」
無邪気に発せられる言葉に、私の頬が熱を持つ。
ジェラルド「……どうしましたか?」
〇〇「いえ……なんでもないです」
(こういうエスコートには、慣れてるんだろうな……)
隣に座るジェリーの顔をまじまじと見つめる。
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ジェラルド『わぁ……! 来てくれてたんですね、ありがとう!』
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凛として舞台に立ったり、無邪気に微笑んでみせたり……
(そして今はこうして、私をエスコートしてくれている)
ジェリーのいろいろな表情を見るたびに、彼との距離が縮まっていくような気がしていた…-。