それは、○○様とおばけカボチャハウス制作に勤しんでいた時…―。
兵士「大変恐縮ですが……市民から苦情が出ています」
(……何たることか!)
少々……いや大分、夢中になってしまっていた私は、世間の理解力の乏しさに絶望した。
ネペンテス「この街に、私の美食を理解する者は一人もいないのでしょうか!何たる悲しみ。私がこうして自ら真の食を作りだそうとしているというのに」
兵士「そうは言っても、苦情が出てるのは事実でして」
(何故……何故、真の美食を求めるという姿勢を持たない!?何故、それで生きていられる!?)
激昂しそうになる自分を抑え、私は兵士殿に向き直る。
ネペンテス「あなた。わからない人ですね。ウィル王子の許可も取っているのですよ」
兵士「そうなのですが……せめて、見栄えだけでも……苦情の出ないようにしていただけると」
(見栄え……真に大事なのはそこではない!)
しかし、兵士殿は何の感慨も持たない様子で、くるりと私に背を向け去ってしまう。
ネペンテス「……これほどまでに理解されないとは、思いもしませんでした」
○○「そうですね……収穫祭だから、これくらいした方がきっと楽しいのに」
(これは……少々驚きました。○○様は私のことを、いささか奇妙だと思っていると感じておりましたが……)
彼女のその言葉を聞いて、私の波立つ気持ちが落ち着きを取り戻す。
ネペンテス「おや……ふふっ、私の理解者は、もはやあなた様だけになってしまったようです」
(……そんなことを言ってくれるのは、あなた様だけ……)
○○「そ、そんなことはないですよ。きっと、楽しんでくれる人がいます」
ネペンテス「しかしこのおばけカボチャハウスは、受け入れられない……私にこれ以上、何ができるというのでしょう。ああ、さっさと国へ帰り、我が国の美食を口にしたい……」
もうしばらく美食にありつけていない私は、○○様から漂う濃厚な匂いに気が狂いそうになってしまう。
ネペンテス「このままでは、飢えて渇いて、あなた様を……」
○○「っ……!」
私の両手が、勝手に○○様に伸びる。
(駄目です……もう……もう、私は我慢ができません!)
○○「あ、あのっ、ネペンテスさん!」
ネペンテス「ああ……こんなにも魅惑的な香りを発するあなた様を、食べてしまいたいのです。それ以外にもう、私が満たされる方法はありません」
獲物を絡め取るように、私は○○様の身体に纏わりつく。
(ああ、芳しい香り。食べてくれと言っているようなものです。もう無理です。もう我慢できません。……一味、いただきます!)
小さく口を開いた、その時…―。
○○「ネペンテスさん!いいことを思いつきました」
彼女の大きな声に、ぴたりと私は動きを止めた。
ネペンテス「……いいことなどありません」
○○「あります。このおばけカボチャハウスが気味が悪いと苦情が出るなら、いっそ、このままお化け屋敷にしてしまってはどうでしょうか?」
ネペンテス「お化け屋敷……?お化け屋敷ならぬ、お化けかぼちゃ屋敷……?」
(何を、世迷い言を……)
しかし私は、一度はたわいもなく消化したその言葉を反芻した。
(お化けかぼちゃ屋敷……そうすれば、このカボチャハウス……美食の完成を迎えられるのでしょうか?)
私の手が、自然に○○様の身体から離れていく。
(ここまでやったのです。労力に見合う報酬を得ねば)
ネペンテス「名案かもしれません」
私の口から、その言葉が漏れた。
……
(しかし……何と言いますか)
○○様が提案した、お化けかぼちゃ屋敷は完成した。
けれど、そこに訪れるのは私の苦手とする子ども達ばかり…―。
○○「はい、これ、あのお兄ちゃんが作ってくれたお菓子だよ」
子ども1「わーい、ありがとう!」
お化けかぼちゃ屋敷から、お菓子を作り食す……
(悪い味ではなかった、そう、そこまではいいのですが、何故……このように配らねばならないのでしょうか)
子ども2「お兄ちゃん!お菓子をくれないといたずらするよー!」
ネペンテス「……それは困ります。どうぞ」
また新たな子どもにお菓子を渡すと、満面の笑顔が私に向けられる。
子ども3「あま~い!」
子ども4「こんなおいしいカボチャのお菓子、食べたことな~い!」
ネペンテス「……」
(まあ……街の者……主に子どもですが……美食というものが、僅かでもわかったのならよろしい)
○○様は、私の作ったお菓子を子ども達に飽きもせず配り続けている。
私もそれにならい、お菓子を配り続けるものの……
ネペンテス「……」
(一応、おばけカボチャは味わえたことですし……さて、どうしたものか)
その時、風に混じり○○様から香る芳しい匂いが、私の鼻を掠めた。
(ロトリアの収穫祭……まだ見ぬ美食……ここでしか味わえない、究極の……)
ゴクリと、私は唾を飲んだ。
(ここに、あるじゃないですか)
自然と、私の口角が上がっていく。
(もう少し、まだ少し……熟れさせるとしましょう)
何も知らない○○様は、良い香りを放ったまま、子ども達に笑いかけている。
(最後のお楽しみが……まだ残っているではありませんか)
私は、お化けかぼちゃ屋敷の早期の店じまいを、心に決めたのだった…―。
おわり。