フロアには、管弦楽の美しい調べが響き渡っている。
(みんな楽しんでくれているようでよかった)
目の前を通りかかった年配のペアが僕に軽く会釈をする。
年配の男性「素敵なサプライズをありがとう」
グウィード「いえ、皆さんの笑顔を見ることができて僕も嬉しいです。素敵な夜を」
年配の男性「君は、踊らないのかね?」
グウィード「……残念ながら、僕の蝶はどこかで迷子になっているようで」
肩をすくめてみせると、二人は笑みを浮かべ去っていった。
ため息を漏らしながら、壁に寄りかかる。
(僕の胸に蝶が舞い降りたとしても今は踊る気にはなれないな……)
いつの間にか、視線はずっと向こうにいる○○に吸い寄せられていた。
彼女はたどたどしい足取りでステップを踏み、パートナーと手を取り合っている。
グウィード「まただ……」
慌てて視線を外し、その場から歩き出した。
(気づいたら、彼女のことばかり見てしまっている)
(どこに行っても、彼女がどこにいるかすぐにわかるなんて……)
グウィード「なかなかの才能だと思うね◆」
笑ってみたけれど、その響きはあまりにもむなしい。
思わず苦笑が漏れた、その時……
招待客「うわっ、何!?」
招待客「ダンスの邪魔よ!」
招待客達の声に振り返ると、見慣れた顔がこちらに駆けてくる。
グウィード「○○……」
招待客にぶつかりながらも、彼女は僕をしっかりと見つめている。
グウィード「……」
(○○、君はもしかして……)
彼女の視線に応えるように、僕の足は勝手に動き出していた。
○○「っ……!」
転びそうになった彼女の体を、慌てて支える。
その時だった。
(しまった……!)
抱き上げた拍子に、仮面が顔から外れてしまう。
(しかし、今はそれよりも……)
僕は少しだけ躊躇したものの、○○を両手でしっかりと抱きとめた。
(君になら……)
グウィード「子猫ちゃん」
○○「グウィードさん……」
徐々に、彼女の目が見開かれていく。
(彼女になら、僕の素顔を見せても構わない)
(いや……彼女には知ってほしかったのかもしれない)
(僕の、本当の姿を)
グウィード「無茶なことをするね、子猫ちゃん◆ そんな急いでどこに行くのかな?」
微笑みかけると、彼女もまっすぐ僕を見つめ返した。
けれど、すぐに申し訳なさそうにまつ毛を伏せる。
○○「ごめんなさい、私……!」
パートナー「いったい、どうしたんですか?」
○○のパートナーの男性が、僕達の元へと駆けてくる。
僕はそっと彼女を降ろし、落ちていた仮面をつけ直した。
グウィード「……」
彼女が、一歩踏み出す。
その表情から、意を決して何かを言おうとしているのがわかった。
(もしも、君が僕と同じことを考えてくれているとしたら……)
○○「あの、私……!」
グウィード「蝶は移り気だ……君の蝶は、別の花の元へ行きたいらしい◆」
僕がそう言った直後、男性の胸から蝶が飛び立ち……
周囲の蝶も、いっせいに羽を広げた。
パートナー「失礼」
彼は軽くお辞儀をすると、その場から去って行った。
アナウンス「さあ、蝶に従ってダンスのパートナーを交代してください」
○○「交代?」
グウィード「……もとからダンスのパートナーは交代していくんだ◆」
○○「そうだったんですか……。 すみません、私……ちゃんと聞いていなかったみたいで」
彼女が、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
(そんなこと、気にする必要はない)
(だって……)
グウィード「いいんだ◆ 君が来なければ、僕が行くところだった◆」
○○「え……?」
さらに頬を赤らめた彼女に、僕の胸も音を立て始める。
グウィード「胸がざわめいて仕方なかった。 これ以上、子猫ちゃんが他の男と踊るのを見るのは耐えられない」
(だから、こちらへ駆けてくる君を見たあの時……)
(僕は心の底から嬉しかったんだ)
○○「グウィードさん……。 私も、踊るならグウィードさんがいいです。 それが言いたくて、私…―」
グウィード「子猫ちゃん……」
僕を見つめる潤んだ瞳に、胸の思いが溢れ出しそうになる。
グウィード「どんなに離れても、惹かれることは避けられなかったみたいだ◆」
○○「え?」
グウィード「いや、こちらの話。ならこのまま行こうか、二人だけでいられる場所へ♪」
○○「っ……!」
肩に手を回すと、○○は驚いたように僕を見上げる。
そんな彼女を、僕はふわりと抱き上げ……
(……今夜はもう、誰にも邪魔はさせない)
美しい星々が瞬く夜空へと飛び出していったのだった…―。
おわり。