丁寧に手入れされた庭に、淡い月明かりが降り注いでいる…―。
色とりどりの蝶が招待客同士を引き合わせている様子を、僕は二階のバルコニーから眺めていた。
グウィード「よかった。皆、このゲームを楽しんでいるみたいだ♠」
招待客達の笑顔に、僕の口元からも笑みが漏れる。
(次の準備に取りかかりたいところだけど……)
僕の視線は、そわそわと庭に足を踏み出した○○に釘づけになっていた。
彼女の胸の蝶が、青い羽と黄色の羽をひらりと揺らしているのが見える。
グウィード「まだお相手が見つからないようだね、子猫ちゃん◆ 主催者側が蝶を持てないのは、とても残念だよ。 本当は、君の傍にいたいんだけど……」
僕の声は彼女に届くはずもなく、夜風に溶けていく。
手すりに肘を置き、不安そうに辺りを見渡す彼女をじっと見つめた。
(……少しだけ、声をかけて来ようかな)
踵を返そうとしたその時、視界に青と黄色の羽を持つ蝶が飛び込んできた。
グウィード「……っ!」
その蝶は、隣のバルコニーに立っている紳士の胸で羽を休めている。
彼は、どうやら目の前の貴婦人を口説くことに一生懸命になっているようだった。
(あんなところに○○の相手がいたとは……)
紳士が貴婦人の腰に手を回し、耳元で何やら囁いた。
貴婦人も満更ではないようで、嬉しそうに微笑みを浮かべている。
(これじゃあ、○○はしばらくの間一人ぼっちかな……)
不意に、頬を赤くして微笑む貴婦人と、○○の顔が重なった。
得体のしれない何かが、ひやりと胸をかすめる。
グウィード「……○○に、彼は似合わない」
貴婦人の胸では、ハート柄の白い蝶が羽を広げていた。
グウィード「そこのシニョーレ。申し訳ないが君の蝶をいただくよ♠」
僕は紳士を見つめてそう囁いた後、パチンと指をはじく。
すると、真っ白な蝶が僕の胸にひらひらと舞い降り……
その羽を優しく撫でると、蝶の羽は青と黄へ染まっていく。
グウィード「素敵な夜を♠」
そう囁くと、紳士の蝶はハート柄の白い蝶へと姿を変えた…―。
…
……
薄っすらと照明が落とされたフロアでは、大勢の男女のペアが手を取り合っていた。
僕を見る○○の目が、安堵したように弧を描いている。
○○「まさか、本当にお相手がグウィードさんだったなんて……」
グウィード「僕も驚いているよ」
そっと彼女の耳元で唇を寄せる。
グウィード「君がそんなに喜んでくれていることをね♠」
○○「……っ!」
その時、フロアに管弦楽の甘い調べが流れ始めた。
○○「あ……」
思わず、彼女の手をぎゅっと握りしめていた。
グウィード「大丈夫。僕に任せて♪」
○○「はい」
握った手はとても華奢で、ほんの少しだけその力を緩める。
彼女のおぼつかない足取りで、一生懸命僕のダンスに追いつこうとしているようだった。
グウィード「上手だよ、子猫ちゃん」
○○「ありがとうございます」
伏し目がちにはにかむ彼女に、胸が高鳴る。
(ゲームの進行にも気を配らないといけないというのに)
(全く、困ったな……)
気づくと、僕は周囲のことも忘れて彼女だけを見つめていた。
うまくステップを踏めた彼女が、笑いながら僕を見上げる。
(君のこと以外、考えられない……)
グウィード「結局、今日僕は君と出会うためにここに来たようだね◆」
○○「え……?」
グウィード「どんなに離れようとしても、君の傍に戻って来てしまう♠ まるで、僕は蝶で、君という美しい花に引き寄せられているかのようだ◆」
○○「う、美しい花なんて……そんなことないです!」
グウィード「そうかな?」
彼女の反応がとてもかわいくて、僕の頬は緩みっぱなしだ。
○○「そうですよ……でも」
グウィード「でも?」
○○の口元が、柔らかくほころんだ。
○○「グウィードさんが戻って来てくれる花になれるなら……それは嬉しいです」
グウィード「子猫ちゃん……」
○○「グウィードさんと踊れて、すごく楽しいですから」
○○の笑顔は、まるで儚げな花のようで…-。
グウィー「全く君は……」
○○「え? っ……!」
僕は思わず、彼女の細い腰を抱きしめていた。
(このまま、溺れてしまいそうだな……)
彼女の甘い香りが、僕の胸を掻き乱す。
美しい調べに身を任せながら、いつまでもこうしていたいと心から願った…―。
おわり。