月最終話 貴方への物語

私が作ったオムライスを食べ終わると、藤目さんはほっと息を吐いた。

藤目「とてもおいしかったです。やはり、貴方はいい奥さんになれますね」

(私が、いい奥さんに……?)

まっすぐに見つめられ、恥ずかしくなって顔を逸らしてしまう。

○○「あの、私、藤目さんの新作が気になります……是非、見せていただけませんか?」

藤目「この作品をですか……」

藤目さんは言葉を詰まらせ、しばらく考え込んでしまった。

(藤目さん……?)

藤目「……見せることはできません。なぜなら、この作品は完結していませんから」

○○「えっ……」

藤目「私は、貴方と先ほどの男性の仲をいろいろと想像しました。 あの男の前で、貴方は私に見せない表情をするのだろうか。もしかしたら彼は、私より貴方を幸せにする資格があるのかもしれない……などと」

藤目さんは唇を噛みしめて、苦しそうに顔を歪めた。

藤目「書き終えたこの物語は、そんな私の醜い心をたくさん反映してしまった。 しかし、それは違う。それではいけないと……」

藤目さんは私にまっすぐに向き直ると、じっと私の顔を見つめる。

藤目「私は貴方に喜ばれる本を書きたい。だから、貴方にも手伝って欲しいのです」

○○「手伝う……?」

藤目さんは、原稿を広げて私に質問をし始める。

藤目「例えば、このシーン。もし貴方がヒロインだったら、どのように言われたいですか?」

そのシーンは、主人公の男性がヒロインに愛を告白する場面だった。

今は、男性が怒りに任せてヒロインに感情をぶつける展開になっている。

○○「……こんなふうに言われたら、きっと驚いて何も言えなくなってしまいます」

藤目「……なるほど。では、どのようなプレゼントを貰うと嬉しく思いますか?」

○○「そうですね……気持ちがこもっていたら、私は何をもらっても嬉しいです」

それから、藤目さんは私にいくつか質問を続けた。

私が答える度に、藤目さんは真剣な表情で耳を傾けてくれる。

藤目「……わかりました。ありがとうございます」

既に物語の世界に入ったようで、藤目さんは視線を宙に這わせる。

そして、すぐに机へと向かって執筆を始めた。

(藤目さん、頑張ってください……)

一心不乱に筆を走らせる彼の新たな物語に、思いを馳せた…―。

……

翌日…―。

窓から差し込む陽の光で目を覚ますと、部屋に藤目さんの姿がなかった。

○○「藤目さん……?」

肩にかけられた毛布を手に取る部屋の中を見回していると、一人の男性が現れて私にお辞儀をする。

執事「私は、藤目王子の執事でございます。こちらを、○○様に渡すように言われました」

(手紙……?)

執事さんから差し出された封筒を受け取ると、一枚の便箋が入っていた。

『もう少し、待っていてくれませんか? 一ヶ月後の今日、水鏡の前で待ち合わせをしたい』

便箋には、そう書かれていた。

○○「……わかりました」

(一ヶ月後、水鏡の前で……)

運命の人を明らかにする水鏡……

その場所が示す意味に思いを巡らせながら、私は時が過ぎるのを待った…―。

……

それから、一ヶ月が経ち…―。

私は、約束どおりに神殿へとやってきた。

けれど、いくら待っても藤目さんが来る気配はない。

(もしかして藤目さん、忘れてしまったのかな……)

ふと、不安が過った時……

藤目「『溢れ出す思いを、私はなんと表現していいのかわからない』」

(えっ……)

本を片手に持ちながら、藤目さんは私の方へと歩いてくる。

藤目「『ただ、彼女を想うと胸の奥が熱くなる……。 その熱が時に自分自身を焼き尽くしてしまうのではないかと怯えながら。 ああ、人はこれを愛と表現するのだと、私は思った。 愛とは美しく、繊細で、なんと醜いものであろうか。けれど巡り巡った先にある答えはただ一つ。 私は、これからの日々を彼女と共に生きていきたい』」

スチル(ネタバレ注意)

藤目さんは本を閉じると、私に優しく微笑む。

藤目「ようやく、本が完成しました。貴方のために書き上げたものが」

(私のための本……)

彼の言葉のひとつひとつを反芻していると…―。

藤目「そして、これを貴方に」

私の目の前に、彼が綺麗な赤色をした花を出した。

藤目「立葵です。花言葉は、熱烈な恋。 この花こそ、私が抱く貴方への想いです」

(藤目さん……)

真っ赤な花は、彼の情熱を表現するかのように濃く強く、咲き誇っていて…-。

藤目「……私達の物語はまだ完結していません。だって私はまだ、貴方から返事をもらっていないのだから」

○○「……藤目さん」

藤目「返事、いただけますか?」

(嬉しい……)

藤目さんの想いを受け入れるように、私は花をそっと受け取った。

○○「はい……私でよろしければ」

藤目さんが、この上なく幸せそうに微笑む。

藤目「……次の作品が生まれてきました」

○○「どんな話ですか?」

藤目「夫が、愛する妻のために命をかける話です」

藤目さんはそう言うと、私の唇にそっと優しいキスを落としたのだった…―。

 

 

おわり。

 

<<月7話||月SS>>