飛鳥さんのことを聞かれて話せないでいると、藤目さんは悲しそうに睫毛を伏せた。
(どうしよう……本当のことを話したら……)
戸惑いを隠せず、私は言葉を詰まらせてしまう。
すると次の瞬間…―。
○○「……!」
首筋に顔を寄せられて、思わず持っていた袋を落としてしまう。
(あっ……)
卵がつぶれる不快な音が、部屋中に響き渡った。
(……割れちゃった)
藤目「これは……?」
藤目さんは私を抱きしめる力を緩め、驚いた顔で割れた卵を見つめた。
○○「卵です……オムライスを作ろうと思って」
藤目「○○さん……」
藤目さんは私を解放した後、深いため息を吐いた。
藤目「私は、なんて愚かなんだ……貴方は私のために戻ってきてくれたのに」
自分を責めるように、藤目さんは首を横に振る。
(藤目さん……やっぱり黙っているなんて無理だ)
いたたまれない気持ちになりながら、口を開きかけると……
(あ……)
机の上に置かれた原稿が目に入る。
何度も何度も書き直したあとがありながらも、最後のページには『終』と書かれていた。
(この原稿……書き終えてる?)
○○「藤目さん、書き終えたんですか?」
藤目「ああ、途端に創作意欲が湧いてきまして」
(ごめんなさい……)
○○「藤目さん、実は…―」
私は、飛鳥さんが話してくれたことをすべて伝えた。
藤目「……そうなんですか? そんな大掛かりなことを? とても信じられない」
○○「ごめんなさい……」
もう一度小さな声で謝ると、藤目さんは、力の抜けた声を出す。
藤目「貴方が謝ることは…―」
すると次の瞬間、勢いよくお腹の音が聞こえてきた。
(もしかして……藤目さんのお腹の音?)
藤目「すみません……」
藤目さんは、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
しばらく、沈黙が訪れて…―。
藤目「ふふ……ははっ!」
私達は、二人で笑い合った。
○○「割れていない卵があります。少し小さいオムライスになってしまいますが、すぐに用意しますね」
私は、すぐに台所へと向かって、残っている卵でオムライスを作ることにした。
…
……
(よかった、小さいけど上手にできた)
オムライスを持って部屋へと戻ると、もう一度藤目さんのお腹が鳴った。
藤目「おいしい匂いがしたので、つい……」
もう一度、二人でくすりと笑みをこぼす。
○○「どうぞ、温かいうちに」
藤目「いただきます」
穏やかで優しい……大好きな藤目さんの笑顔に心が温かくなる。
藤目「柔らかくておいしいです」
○○「よかったです。藤目さんが疲れていらっしゃると思って、焦って作ったので……」
藤目「そんなことまで気にかけてくれたんですね」
嬉しそうにオムライスをスプーンですくいながら、藤目さんが優しい声で紡ぐ。
(でも……私は彼を、騙していた)
○○「……本当にごめんなさい」
顔をうつむかせてしまうと、テーブル越しに藤目さんの手が伸びてきた。
藤目「……いたずらな奥さんですね」
藤目さんは優しく目を細め、私の頬を指で撫でる。
オムライスから漂う温かくて甘い匂いが、私の胸をいっぱいにした…-。