月7話 溢れ出す感情

飛鳥さんのことを聞かれて話せないでいると、藤目さんは悲しそうに睫毛を伏せた。

(どうしよう……本当のことを話したら……)

戸惑いを隠せず、私は言葉を詰まらせてしまう。

すると次の瞬間…―。

○○「……!」

首筋に顔を寄せられて、思わず持っていた袋を落としてしまう。

(あっ……)

卵がつぶれる不快な音が、部屋中に響き渡った。

(……割れちゃった)

藤目「これは……?」

藤目さんは私を抱きしめる力を緩め、驚いた顔で割れた卵を見つめた。

○○「卵です……オムライスを作ろうと思って」

藤目「○○さん……」

藤目さんは私を解放した後、深いため息を吐いた。

藤目「私は、なんて愚かなんだ……貴方は私のために戻ってきてくれたのに」

自分を責めるように、藤目さんは首を横に振る。

(藤目さん……やっぱり黙っているなんて無理だ)

いたたまれない気持ちになりながら、口を開きかけると……

(あ……)

机の上に置かれた原稿が目に入る。

何度も何度も書き直したあとがありながらも、最後のページには『終』と書かれていた。

(この原稿……書き終えてる?)

○○「藤目さん、書き終えたんですか?」

藤目「ああ、途端に創作意欲が湧いてきまして」

(ごめんなさい……)

○○「藤目さん、実は…―」

私は、飛鳥さんが話してくれたことをすべて伝えた。

藤目「……そうなんですか? そんな大掛かりなことを? とても信じられない」

○○「ごめんなさい……」

もう一度小さな声で謝ると、藤目さんは、力の抜けた声を出す。

藤目「貴方が謝ることは…―」

すると次の瞬間、勢いよくお腹の音が聞こえてきた。

(もしかして……藤目さんのお腹の音?)

藤目「すみません……」

藤目さんは、恥ずかしそうに頬を赤らめた。

しばらく、沈黙が訪れて…―。

藤目「ふふ……ははっ!」

私達は、二人で笑い合った。

○○「割れていない卵があります。少し小さいオムライスになってしまいますが、すぐに用意しますね」

私は、すぐに台所へと向かって、残っている卵でオムライスを作ることにした。

……

(よかった、小さいけど上手にできた)

オムライスを持って部屋へと戻ると、もう一度藤目さんのお腹が鳴った。

藤目「おいしい匂いがしたので、つい……」

もう一度、二人でくすりと笑みをこぼす。

○○「どうぞ、温かいうちに」

藤目「いただきます」

穏やかで優しい……大好きな藤目さんの笑顔に心が温かくなる。

藤目「柔らかくておいしいです」

○○「よかったです。藤目さんが疲れていらっしゃると思って、焦って作ったので……」

藤目「そんなことまで気にかけてくれたんですね」

嬉しそうにオムライスをスプーンですくいながら、藤目さんが優しい声で紡ぐ。

(でも……私は彼を、騙していた)

○○「……本当にごめんなさい」

顔をうつむかせてしまうと、テーブル越しに藤目さんの手が伸びてきた。

藤目「……いたずらな奥さんですね」

藤目さんは優しく目を細め、私の頬を指で撫でる。

オムライスから漂う温かくて甘い匂いが、私の胸をいっぱいにした…-。

 

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