藤目さんが筆を走らせる音だけが聞こえてくる。
(大丈夫かな・・・・・・)
尋常ではない様子の藤目さんが心配で、私は帰るに帰れずにいた。
けれど藤目さんは、私などいないかのように一心不乱に机に向かい続けて・・・・・・
・・・
・・・・・・
そして朝方・・・-。
藤目さんは机に突っ伏して眠っていた。
(・・・・・・お疲れ様です)
眠い目をこすりながら、私がそっと彼の肩に毛布をかけた瞬間・・・-。
藤目「・・・・・・書き終わりました」
藤目さんの消え入りそうな声が、耳に届いた。
藤目「まだ、ここにいたのですか?」
○○「・・・・・・!」
藤目「あの男の元へと行かなくていいのですか?」
顔を上げた藤目さんの冷たい視線が、私の心を射抜く。
それだけで、体の芯まで冷えていくのがわかった。
○○「・・・・・・すみませんでした」
涙がこぼれそうになるのをこらえて、私はうつむく。
(今さら本当のことを言うなんて・・・・・・)
憔悴した藤目さんにただ申し訳なさが込み上げて・・・・・・私は言葉を詰まらせた。
○○「ごめんなさい、失礼します」
藤目さんの目を見ずに、私は部屋を駆け出す。
耳元でいつまでも、藤目さんの無機質な声が響いていた・・・-。
涙が溢れてしまわないように、私は顔を上げて歩く。
(藤目さん、すごく怖い顔をしてた・・・・・・)
(当然だよね。嘘を吐いて・・・・・・嫌われても仕方がない)
飛鳥「・・・・・・○○さん?」
○○「飛鳥さん・・・・・・!」
目の端に溢れ出そうな涙を、慌てて指でぬぐう。
○○「・・・・・・藤目さん、小説を書き上げたようです」
飛鳥「本当ですか!? ああっ・・・・・・この地まで来た甲斐がありました!」
○○「・・・・・・そうですね」
飛鳥「本当に申し訳ありませんでした。藤目先生には、私からきちんと話しをしますので。 ああ、顔色が悪い・・・・・・無理をさせてしまったようですね」
飛鳥さんは、心からすまなさそうに私の顔を覗き込む。
その時・・・-。
藤目「私の妻に触れるな!」
(えっ・・・・・・)
振り返ると、そこには息を切らした藤目さんがいた。
(今の声って、藤目さん・・・・・・!?)
聞いたこともない彼の大声に、呆然としていると・・・-。
○○「・・・・・・っ」
私の方へ歩み寄った藤目さんが、飛鳥さんから遠ざけるようにして私を抱き込んだ。
藤目「○○は、私の妻です! 例え、運命の人が貴方であろうと、関係ない!」
○○「藤目さん・・・・・・!」
彼の言葉が、私の心に強く反響する。
藤目「○○は、私の妻でしょう!?」
○○「は、はいっ!」
彼の勢いに背中を押されるように、気づけばそう返事をしていた。
飛鳥「藤目先生・・・・・・」
藤目「? 先生・・・・・・?」
飛鳥「申し訳ありませんでした、実は・・・-」
飛鳥さんは、藤目さんにすべてのことを話した・・・-。
・・・
・・・・・・
藤目「つまり・・・・・・貴方は○○の運命の相手ではないと・・・・・・?」
飛鳥「ええ、ご安心ください」
藤目「なんということだ・・・・・・」
呆然とする藤目さんに、飛鳥さんは深々と頭を下げる。
飛鳥「本当にすみませんでした。○○さんにも、辛い思いをさせてしまいました。 けれど先生にお優しい奥様がいると知れて・・・・・・嬉しかったです」
藤目「奥様・・・・・・」
さっきまで私のことを妻と呼んでいたのに、藤目さんはその言葉に目を輝かせている。
飛鳥「それでは、先生・・・・・・またよろしくお願いいたします。できれば締切を守っていただけると嬉しいです」
藤目「あ、ああ・・・・・・」
飛鳥さんはもう一度深く一礼をして、私達の前から去って行った。
藤目「・・・・・・○○さん」
柔らかな表情、優しい声・・・-。
(いつもの藤目さんだ・・・・・・)
まっすぐに彼を見返すと、それに答えるように彼は小さく微笑む。
藤目「いや、なんと言ったらいいのか・・・・・・。 けれど今回の作品は、貴方のおかげで書き上げることができました」
○○「ごめんなさい、私は藤目さんを・・・-」
藤目「言わないでください。 体中に湧き上がるような嫉妬心・・・・・・あんな醜い感情は初めてでした」
○○「・・・・・・っ」
藤目「愛深ければ深いほど・・・・・・思い焦がれれば焦がれるほど、叶わなかった時の苦しさも募っていく。 運命の恋とは、まさに穏やかなものだけではないのですね」
藤目さんの手のひらが、私の頬を優しく包み込む。
藤目「先ほどの私は、怖かったですか?」
○○「・・・・・・はい。いつもの藤目さんとは違ったので」
藤目さんは、小さくため息を吐く。
藤目「それは、貴方のせいですよ。あのような自分に出会ったのは、私も初めてです」
(私のせい・・・・・・)
藤目「どうかこれからも、私の傍にいてください。貴方との物語は、悲恋などにしたくない」
○○「・・・・・・藤目さん」
藤目「答えてください」
しだいに速くなる胸の鼓動までもが、私の返事を急かしているように思えた。
○○「・・・・・・はい、もちろんです。 オムライスにハートをのせたら・・・・・・喜んでもらいたいですから」
藤目さんが、強く、けれど優しく私を抱きしめる。
藤目「ああ、私の妻はなんてかわいらしいんだ」
窓辺から、きらきらと光が差し込む。
その光は生まれたばかりの私達の愛を、祝福してくれているようだった・・・-。
おわり。