アベルディアは冬を迎え、おれは温かいベッドの中で春を待っていた。
けれど……
ベウル「!!」
(なんだ……?)
突然体の上に訪れた重みによって、おれは目を覚ましてしまう。
(くそっ……)
おれは目の前にいる誰かの手を掴んで、ベッドの上に引き倒した。
ベウル「……いい気持ちで寝てんのに……。 ……ったく、誰だよ? 邪魔すんのは……」
見ると、おれの体の下で一人の女が驚いたように目を見開いている。
(暴れんじゃねぇよ)
おれは逃げようともがく女の手を、強い力で押さえつけた。
○○「い、痛い……!」
ベウル「……逃げんなよ。 おれ、いま機嫌が悪い……。これ以上暴れると、動けなくするぞ……」
(こんな気分にした責任、取ってもらうからな)
おれは、女の首元に顔を埋める。
ベウル「……ん?」
怯える女から漂う甘い匂いが、鼻をくすぐった。
(なんだ、これ。すごく……)
ベウル「いい匂いだな……」
女の首筋を、ペロリと舐める。
ベウル「……おいしそう」
(食べたい……)
そのまま首筋に、軽く歯を立てた。
○○「ベウルさん……やめ……」
ベウル「やっぱりおいしい……それに柔らかい……」
(……初めてだ。こんなに食べたくて食べたくて仕方がないものは)
(こんなに、興奮するものは……)
ベウル「このまま全部、食べ尽くしたい……」
顔を覗き込むと、女はおれを怯えたような目で見つめている。
(その顔も……たまらない)
(駄目だ。もう、我慢できない)
ベウル「あーん……」
おれは大きく口を開けて、女の唇へと顔を寄せた。
(いただきま…―)
ベウルの弟「お兄ちゃん、だめーっっ!!」
(なっ……!?)
頭の後ろに、大きな衝撃が走る。
ベウル「くうぅ……っっ……」
痛みに悶えていたおれは、ベッドから転げ落ちてしまった。
(くそっ! あいつら……!)
うずくまりながら、弟が手にするフライパンを見つめる。
その時……
○○「ベウルさん、大丈夫ですか……?」
(え……?)
ベウル「……○○ちゃん……」
(どうして、きみがここに……?)
ズキズキと痛む頭を押さえながら、これまでのことを思い返す。
―――――
ベウル『いい匂いだな……。 ……おいしそう』
○○『ベウルさん……やめ……』
―――――
(あっ!)
脳裏に、ぼんやりとさっきまでの出来事が浮かぶ。
ベウル「おれ、まさか……!」
(認めたくない、けど……)
舌の上に、はっきりと彼女の甘い味が残っている。
(間違いない。おれ……)
ベウル「ご、ごめん……! 寝ぼけてひどいことしちゃって……! 謝って許されることじゃないけど、本当にごめんなさい……!」
(あぁー、もう! おれの馬鹿!!)
(大切な女の子に、なんてことしてるんだよ!)
自己嫌悪で、心がぎゅっと押し潰されそうになる。
○○「あ、あの……顔を上げてください……」
ベウル「だけど……」
(きみの顔、見れないよ。あんなことしておいて……)
ベウル「お兄ちゃん元に戻ったから、フライパン返してくるね!」
弟達が部屋を出て行く足音が聞こえる。
すると……
○○「事情はわかったので、そんなに気にしないでください……」
ベウル「○○ちゃん……」
床に座り込んだおれに、○○ちゃんが優しい言葉をかけてくれる。
(こんなに優しい子を、おれは……)
ベウル「……すごく怖い思いさせたよね……」
おれは、不安を覚えながらそう尋ねる。
だけど……
○○「……」
(あれ……?)
○○ちゃんの頬っぺたが、なぜか赤くなっている。
ベウル「○○ちゃん……?」
○○「な、なんでもありません……」
(? 熱でもあるのかな?)
うつむく○○ちゃんを、じっと見つめる。
すると、長い沈黙の後……
○○「ドキドキ……したんです」
ベウル「え……?」
○○「その……確かに、怖いなとは思いました。 だけど、それ以上に……」
ベウル「あ……」
小さくつぶやかれた彼女の言葉の意味に気づいた時、顔が一気に熱くなった。
(本当に?)
ベウル「あの……さ。勘違いしてたらごめんね。 ○○ちゃん、もしかしておれのこと……?」
期待と不安を抱きながら彼女の返事を待つ。
ようやく訪れた春の、温かな空気に包まれながら…―。
おわり。