ベウル「……逃げんなよ。おれ、いま機嫌が悪い……これ以上暴れると、動けなくするぞ……」
(ベウルさん!?一体……)
怯えてもがく私の腕をシーツに縫いつけ、ベウルさんが首元に顔を埋める。
ベウル「いい匂いだな……」
低く囁かれた直後、ペロリと首筋を舐めあげられた。
○○「……っ」
ベウル「……おいしそう」
そうつぶやかれた後、今度は軽く噛まれて……
○○「ベウルさん……やめ……」
ベウル「やっぱりおいしい……それに柔らかい……」
聞いたこともないようなベウルさんの妖しい声色が、私の心をざわめかせる。
初めて見る野性的なベウルさんを前に、胸が早鐘のように脈打った。
ベウル「このまま全部、食べ尽くしたい……」
首筋から頭を上げたベウルさんが、私の顔を覗き込む。
その顔は、獲物を前にした獣のように興奮していて……
(ど、どうしよう……)
抵抗しても、大柄なベウルさんに抑え込まれ、ただ私の息が乱れるだけだった。
ベウル「あーん……」
大きく口を開いたベウルさんが、私の唇を食べようとした瞬間…―。
ベウルの弟「お兄ちゃん、だめーっっ!!」
制止の声と共に、銅鑼が鳴るような大きな音が部屋中に響き渡った。
ベウル「くうぅ……っっっ……」
唸り声を上げて、ベッドから転げ落ちたベウルさんを押しのけ、弟さん達が私を取り囲む。
ベウルの弟「お姫様、大丈夫!?」
○○「う、うん……」
混乱しながら身体を起こした私を、子ども達が心配そうに見つめてくる。
(いったい何が……それにこの子達に、あんなところ見られちゃうなんて)
ベウルの弟「お姫様、ごめんね。お兄ちゃん、寝起きがすごく悪くて……」
ベウルの妹「頭バーンッてしないと、いつものお兄ちゃんにならないの」
○○「……頭をバーン?」
私はそこで初めて、ベウルさんの弟さんがフライパンを握り締めていることに気づいた。
(もしかしてさっきの音って……)
ベウルの弟「お兄ちゃんを起こすときは、おっきなフライパンで頭を殴るんだ」
○○「ええ……!」
慌ててベッドを降りた私は、うずくまっているベウルさんの隣に屈み込んだ。
○○「ベウルさん、大丈夫ですか……?」
ベウル「……○○ちゃん……」
そろそろと体を起こしたベウルさんが、ハッと目を見開く。
ベウル「おれ、まさか……!」
○○「あ、あの……」
ベウル「ご、ごめん……!寝ぼけてひどいことしちゃって……!」
ベウルさんは真っ青な顔になった後、私に向かって深く頭を垂れた。
ベウル「謝って許されることじゃないけど、本当にごめんなさい……!」
○○「あ、あの……顔を上げて下さい……」
ベウル「だけど……」
ベウルの弟「お兄ちゃん元に戻ったから、フライパン返してくるね!」
弟さん達が部屋を出て行っても、ベウルさんはまだ床に座り込んだままだ。
○○「事情はわかったので、そんなに気にしないでください……」
ベウル「○○ちゃん……」
ゆっくりと顔を上げたベウルさんが、不安そうな表情で私を見つめてくる。
ベウル「……すごく怖い思いさせたよね……」
○○「……」
(確かに怖かったけれど……ドキドキ……した)
頬を赤らめた私を見て、ベウルさんが不思議そうに首を傾げる。
ベウル「○○ちゃん……?」
○○「な、なんでもありません……」
問いかけるようなベウルさんの目を避け、私はただうつむくばかり。
春の夜空で瞬く星達が、くすくすと笑っているような気がした…―。
おわり。