ベウルさんの案内の元、春を迎えたアベルディアを見て回った私達は、再び城の中庭に戻ってきた。
中庭に設置されたガーデンテーブルの上には、様々な種類の料理が並べられ、湯気を上げている。
ベウル「おなか空いたでしょ?遠慮しないで食べてね」
○○「はい、ありがとうございます」
並んでいる料理にはどれも、市場で見た春の食材がふんだんに使われている。
(とっても美味しそう……)
ベウル「さあ、食べよう」
○○「はい!……あ、でも……ベウルさん。弟さんと妹さんはどちらに……?それに、お妃様も姿が見えないような……」
ベウル「あ、実は……」
ベウルさんは頬を赤らめながら、視線を彷徨わせた。
ベウル「……実は母上が、弟達を連れて出かけてくれたんだ。再会の日ぐらい、二人で過ごしたいでしょうって言って……」
○○「そうだったんですね……」
私達はお互いに赤い顔をしたまま、しばらくの間、黙り込んだ。
ベウル「え、えっと……あ、そうだ!このサーモンサンドで使ってる鮭、おれが自分で取ってきたんだよ」
○○「ベウルさんが?すごい……!」
ベウル「あとこっちの筍はね、朝、裏の山に弟達と掘りに行ってきたんだ。採れたてだから、きっと美味しいよ」
○○「本当ですか?私、とっても楽しみです」
ベウル「ふふ。さあ、座って」
ベウルさんはウッドチェアを引いて私を座らせると、サラダを取り分けてくれた。
ベウル「どうぞ召し上がれ」
○○「いただきます」
テーブルに向かい合って座った私達は、微笑みを交わしあい、春を楽しむための食事を始めた。
ベウル「……やっぱり新鮮な食材で作った料理が一番だなぁ」
○○「すごく美味しいですね」
返事をしながらベウルさんを見ると、彼は満面の笑みで料理を頬張っていた。
その姿は、幼い少年のようで何だか可愛らしい。
(ふふ。やっぱり、すごく美味しそうに食べるなぁ……)
ベウル「○○ちゃん、どうしたの?もしかしてもう、お腹いっぱい……?」
○○「い、いえ、大丈夫です。ごめんなさい。天気がいいせいか、少しボーッとしちゃって……」
ベウル「そっか、それならよかった。まだたくさんあるから、いっぱい食べてね!」
そう言いながら微笑んだベウルさんが、ふと手を止める。
ベウル「……そうだ。あの……一個、お願いがあるんだけど……」
○○「お願い?」
ベウル「う、うん。聞いても、子どもみたいって言わないでね?その……○○ちゃんに、食べさせて欲しいんだ」
○○「え……!」
驚きながら頬を赤らめた私を見て、ベウルさんが小首を傾げる。
ベウル「だめ?」
○○「え、えっと……」
(すごく恥ずかしい、けど……)
いつもとは違う、強請るような眼差しを前にしたせいか、私は不思議と拒むことができなかった。
○○「えっと、じゃあ……」
ドキドキしながら、一口大に切り分けたキッシュを、フォークに乗せて差し出す。
ベウル「あーん……」
ベウルさんの大きな口にキッシュを運ぶと、彼はこれまでにないほど幸せそうな笑顔を見せた。
ベウル「……やっぱり!食べさせてもらうと、いつも以上に美味しい!」
○○「そ、そうですか……?」
ベウル「うん!だって○○ちゃんの微笑みがすぐ近くにあるし、とっても幸せな気持ちで、ごはんを食べることができるんだ」
○○「あの、私も……ベウルさんが美味しそうに食べる姿を見ていると、幸せな気持ちになります……」
ベウル「えっ?○○ちゃん……そっか、すごく嬉しいよ!」
ベウルさんはテーブルの上で、私の手を握りしめる。
ベウル「ね、もう一口……欲しいな」
情熱のこもった目で私を見つめながら、ベウルさんが囁いた。
○○「はい……」
春の優しい日差しの下で、私はもう一度、彼の口へとキッシュを運ぶ。
彼と私の、二人きりの食事会は、まるでほころび始めた花の香りのように、甘やかな空気に包まれていたのだった…―。
おわり。