嵐が去った日から、俺の心は奇妙な感覚に囚われていた。
不安とも恐怖とも違う、けれどジリジリと胸の奥を焼きつけるような感覚……
(なんだ、これは……)
胸の奥を焦がすような感覚を抱えたまま日々を過ごしていたが……
俺はやがて、この感情の正体を知る…-。
夜の甲板には、冷たい風が吹いている。
〇〇はそこにたたずんで、遠く空を見つめていた。
(何を見ているんだ……?)
眉を寄せ、彼女の視線の先をうかがえば、遠くに小さく島が見える。
その瞬間、鼓動が跳ねた。
(島を、見ている……? まさか、この船を降りようと考えているわけじゃないだろうな?)
俺は平静を装って彼女に歩み寄った。
ロッソ「ああ、〇〇、ここにいたのか。 夜風は冷える。 そろそろ部屋ん中に入れよ」
そう話しかけると、彼女はぼんやりした様子で頷いた。
〇〇「わかりました。部屋に戻りますね」
ロッソ「ああ、それがいい」
(やっぱり、様子がおかしい……)
心ここにあらずといった様子の〇〇に、先日から続くモヤモヤとした感情が強くなる。
(こいつは、やっぱりここを出て行くつもりなのか……)
(そんなことは……許さない)
強く吹きつけてきた風は、俺の心を搔き乱した。
…
……
ジリジリと胸を焦がすようなこの感覚の理由が、ようやくわかった。
(……これは、焦燥感だ)
(あいつを、手放さなければならなくなる? そんなこと、認められない)
(もしもの時は、あいつを…-)
…
……
ある日、改まった様子で俺の元を訪れたあいつに、嫌な予感が胸をよぎった。
ロッソ「〇〇? どうしたんだよ」
〇〇「あの、お願いがあって…-」
ロッソ「なんだよ、改まって。そんな仲じゃ、もうねえだろ?」
明るく笑って見せながら、彼女の様子をじっと伺う。
〇〇「あの、実は…-」
そうしておずおずと彼女が告げた言葉は、俺が危惧していた内容そのものだった。
(そんなの、許可できるわけないだろ……)
〇〇「……ロッソさん……?」
不思議そうに見上げる〇〇が、俺の目の前から消えようとしている。
(やっぱり、こいつはここを出て行くつもりだ。それなら…-)
そう思ったら、体は勝手に動いていた。
ゆっくりと部屋の扉まで歩き、がちゃりと鍵を閉める。
〇〇「ロッソさん……?」
声を震わせる彼女背後に回り込み、背中からそっと抱きしめた。
〇〇「っ……!」
わずかに体を震わせる〇〇の耳元に唇を寄せる。
ロッソ「〇〇……お前は俺から離れてしまっては駄目だ」
〇〇「え……?」
身じろぎをする彼女を押さえつけると、さらに耳に唇を寄せた。
ロッソ「俺から離れちゃ……駄目なんだよ……」
声が震えるのを隠そうと、抱きしめる腕に力を込める。
ロッソ「だって〇〇だけは絶対に俺の傍を離れないだろう……? いなくなったり……しないだろう?」
訪ねても、彼女は返事をしてくれない。
ロッソ「早く……うんって言えよ」
懇願するように、俺は彼女に囁きかける。
(もしも嫌だと言われたら、俺はどうしたらいいのか…-)
〇〇「私…-」
(……なんで、言い淀むんだ?)
(嫌なのか? それとも……)
不安に任せて、俺は〇〇を抱く手にさらに強く力を込めた。
ロッソ「なあ……早く。 いてくれるって、あの時言っただろ……。 〇〇……」
―――――
〇〇『はい、私はここにいます』
―――――
あの瞬間、彼女は言ってくれたはずだ。
俺から離れていかない、と……確かにそう言った。
それなのに、俺の胸には日に日に焦燥感が積もっていった。
(約束してくれ、〇〇……俺の元から離れないと)
(ずっとこのまま、俺の腕の中に居続けると……)
願いは通じたのか、彼女は何かに操られるように頷いた。
〇〇「うん……私はロッソさんから、離れないよ」
その瞬間、俺の心には奇妙な喜びが広がっていく。
ロッソ「ふっ……くくっ……そうだろ? だって今はもう寂しくねえ。 たくさん仲間を失っちまったけど……今は〇〇がいるから、寂しくねえ……」
彼女の肩口に顔を埋めながら、心が満たされていくのを感じる。
(俺はもう、一人じゃない。この腕の中に彼女を抱き続ける限り……)
(寂しさも、悲しさも、俺を支配することができない)
(ずっとこのまま、海の上を漂い続ければ、それでいい…-)
その誓いを注ぎ込むように、彼女の首筋に唇を寄せた。
ロッソ「お前はもう……俺のもんだ……」
囁きかければ、彼女は俺に身を捧げるように体を寄せた。
(一生、離さないからな……)
俺達の体温が、一つに溶け合う。
バレナロッサに乗った彼女は、俺と共に海を漂い続けるのだ…-。
おわり。