ロッソさんの過去と、その心の闇……
それは深くまでロッソさんを蝕み、どうすれば解放されるのか、どうしてもわからないままだった。
(どうすればロッソさんを助けられるんだろう……?)
いつまでも出ない答えに悩み続けるままに、気がつけば、すでにひと月以上の月日が船上で流れていた。
ロッソ「ああ、〇〇、ここにいたのか。 夜風は冷える。そろそろ部屋ん中に入れよ」
船の上から星を眺めていると、ロッソさんが声をかけてくれた。
(そういえば、今日ももう日が落ちて……)
流れゆく時間の感覚がわからなくなりそうで、ふと空恐ろしくなる。
〇〇「わかりました。部屋に戻りますね」
ロッソ「ああ、それがいい」
ロッソさんが小さく笑う。
この短い期間でいつしか……ロッソさんの微笑みは変わってしまった気がする。
(出会った頃はもっと、明るくて陽気な雰囲気だったのに)
(あの嵐の日から……?)
ロッソ「〇〇? どうしたんだ、しけた面だな」
〇〇「……!」
思わず考え込んでしまっていると、不意に顔を覗き込まれた。
ロッソ「〇〇?」
〇〇「い、いえ。なんでもないです」
ロッソ「そうかー? じゃあほら、さっさと部屋に戻るぞ」
優しく背を押して促されるままに歩き出しながら、もう一度、船の向こうに広がる海原と島々を振り返ったのだった。
…
……
それからまたしばらく……いっこうに船から降りられる気配はなかった。
船は小島へ寄り食料などを確保することはあるけれど、それが済めばあっという間に出航してしまう。
(ずっと乗ってきたままの服装だし……大きめの街に新しいものを買いに行ったりしたいな)
ふと、そう思い立った私は、ロッソさんにお願いしてみようと考えた。
ロッソ「〇〇? どうしたんだよ」
〇〇「あの、お願いがあって…―」
ロッソ「なんだよ、改まって。そんな仲じゃ、もうねえだろ?」
明るく笑うロッソさんを見て、胸を撫で下ろす。
〇〇「あの、実は…―」
けれど…―。
そのお願いを告げると、ロッソさんは突然険しい表情になった。
〇〇「……ロッソさん……?」
まるで、部屋の空気までが冷たくなったようだった。
ロッソ「買い物なら、俺がしてきてやるよ。服が欲しいって?」
どこか背筋が震えるような低い声でロッソさんは言いながら、ゆっくりと部屋の扉まで歩き、がちゃりと鍵を閉めてしまった。
(えっ?)
理解のできない彼の言動に、まったく思考が追いつかない。
〇〇「ロッソさん……?」
ロッソさんは、静かに私の背後に回ると…―。
〇〇「っ……!」
後ろからふわりと私の体を抱きしめ、耳元へ唇を寄せた。
ぞわりと、えも言われぬ感覚が背中を這い上がる。
ロッソ「〇〇……お前は俺から離れてしまっては駄目だ」
〇〇「え……?」
振り返ろうとするのを阻止されるように、さらにぐっと耳に唇を寄せられ、抱きしめる腕の力を強くされる。
ロッソ「俺から離れちゃ……駄目なんだよ……」
今にも泣き出しそうな声なのに、腕の力は強く逃れることは許されそうにない。
ロッソ「だって〇〇だけは絶対に俺の傍を離れないだろう……? いなくなったり……しないだろう?」
(ロッソさん……!?)
ロッソ「早く……うんって言えよ」
かすれた切ない言葉が、耳に吹き込まれ続ける。
〇〇「私…―」
言い淀んでいると、私を捕らえる腕の力が強くなる。
ロッソ「なあ……早く。 いてくれるって、あの時言っただろ……」
―――――
ロッソ『〇〇……』
〇〇『はい、私はここにいます』
―――――
(あの時……)
まるでそれに洗脳されるように、私は……
〇〇「うん……私はロッソさんから、離れないよ」
こくりと頷いていた。
ロッソ「ふっ……くくっ……そうだろ? だって今はもう寂しくねえ。 たくさん仲間を失っちまったけど……今は〇〇がいるから、寂しくねえ……」
ゆっくりとロッソさんの顔が肩口に埋められる。
その首筋に、柔らかでしっとりとした唇の感触を受け……
堪らない心地になりながら、きつくまぶたを閉じた。
(これでいいの……?)
(このままじゃ……駄目だよね……?)
そう思いながらも、ロッソさんのすることに抗えない自分がいる。
気がつけばそっと……私を抱きしめるロッソさんの手に自身の手を重ねていた。
ロッソ「お前はもう……俺のもんだ……」
暗示をかけるような囁きが、耳に吹き込まれ続ける。
どうすればいいのか、何が正しいのか……
何も考えられないままに私は、ロッソさんに身を委ねてしまうのだった…―。
おわり。