ロッソさんの船、バレナロッサ号の航海は続く…―。
(ひと月って言ってたけど……いったいどこまで行くんだろう)
そんなことを考えていた時、船がある岬で静かに停泊した。
(ここ……どこだろう?)
辺りはしんと静まり返り、波の音だけが聴こえてくる。
(あれ? ロッソさんは?)
景色を眺めているうちに、ロッソさんがどこかへ消えていた。
〇〇「あの、ロッソさんは……」
船員1「お頭ですかい? そういや、見てねえな」
船員の方に聞いてもわからず、彼を探して岬に降り立つと…―。
〇〇「あ…―」
島の端にある崖に手を伸ばしている、ロッソさんの姿を見つけた。
(何してるんだろう? あれは……)
(花……?)
ロッソさんが手に持っていたのは、美しい白い花が重ねられた花束だった。
〇〇「ロッソさん?」
ロッソ「……!」
思わず声をかけてしまうと、ロッソさんがばつの悪そうな顔でこちらを見た。
それから短く舌打ちをする。
ロッソ「見つかっちまったか……」
ぽん、と崖に花を投げるように手向け、ロッソさんは改めて私を振り返った。
〇〇「……ごめんなさい」
ロッソ「別に、謝るこたねえけど」
ロッソさんは、諦めたように短くため息を吐いた。
ゆらりと船が波に揺れ、ロッソさんの髪が潮風に揺れる。
憂いを帯びた顔に、無理をしたような笑みが作られた。
(また……この顔)
陽気な笑顔の奥に秘められた、彼の本当の感情が知りたくて……
〇〇「あの……教えてくれませんか? そのお花は…―」
思わず、そう聞いてしまっていた。
ロッソ「……」
ロッソさんは一つ息をして、低い声色で話し始めた。
ロッソ「以前……ある嵐の晩に……この船が大破して大勢の仲間をこの場所で失った」
〇〇「え……」
ロッソ「ひどい嵐だった。舵がきかなくて、崖に船をぶつけちまって……。 何人かは生き残れたけど、俺は、あいつらを見殺しにして…―」
〇〇「見殺しだなんて……!」
ロッソ「いや、俺が皆を守らなきゃなんねえのに、あんなことになっちまった。 俺の責任だ」
自責の念をその顔いっぱいにたたえて、ロッソさんは拳をきつく握りしめる。
ロッソ「だから、俺はバレナロッサと生涯を共にする。 そう誓ってるんだ」
(そんなことが……)
まっすぐに崖を見つめるロッソさんの眼差しに、ひどく胸が締めつけられる。
〇〇「じゃあもしかして……船を新しくしないのも……」
ロッソ「ああ、あいつらとの思い出がたくさん詰まってるこの船は……。 姿こそないが、魂が乗船している。そいつを壊せば……。 今度こそ本当に、あいつらを見捨てたことになっちまう」
(そんな……)
嘆きが、その苦渋の顔に強くにじんでいる。
ロッソ「永遠に海を彷徨い続ける、ゴーストプリンス……か」
そうぽつりとつぶやいた後、彼は私の方に向き直って……
ロッソ「あながち間違いじゃねえだろ?」
陽気ににっと笑いかけてくるロッソさんのその顔に、胸がさらに苦しくなってしまう。
〇〇「あの…―」
ロッソ「ああ、巻き込んで悪いな。でもひと巡りしたら、ちゃんと降ろしてやるから。 しばらくずっと一人だったから……ちょっとはしゃいじまった」
〇〇「ロッソさん……」
ロッソさんはそれきり黙って、潮風に吹かれ始めてしまった。
(ロッソさんが仲間を思う気持ちはすごく伝わってきたけれど)
(でも……)
物悲しい鼻歌が、海の風に乗り流れていく……
言葉にできない気持ちを抱えながら、私はそっと彼の傍に寄り添った…―。