太陽の光を遮る薄暗い雲の下、突如現れた男性と、ボロボロの船…―。
驚きで何もできないままに、私は男性に船に乗せられていた。
??「悪いな、驚かせて。どうしても早く船に戻りたかったもんでな……」
男性は、赤く長い髪を揺らしながら決まりが悪そうに笑う。
その瞳は、強く深い輝きを放ちながら私を見つめていた。
ロッソ「俺はロッソ。この海賊船の船長……っつっても、幽霊船みたいなもんだけど」
〇〇「ゆ、幽霊……!?」
その言葉に、さっと血の気が引いてしまう。
ロッソ「貴様は……ああ、そうか、俺を目覚めさせたっつうことは……。 もしかして、トロイメアの姫か?」
顔をぐっと近づけられ、思わず後ずさってしまう。
〇〇「は、はい……〇〇と言います。 あの……。 生きてますよね……?」
怖々と問いかけると、ロッソさんは青白い目元を愉しげに細めた。
ロッソ「ハハッ! そうだな……幽霊船の王子、と皆は呼ぶが」
(や、やっぱり幽霊……?)
ロッソさんの言葉に、ますます顔を強張らせてしまっていると……
ロッソ「くくっ……信じたか。可愛い女だな」
〇〇「っ……!」
ロッソ「冗談だ。いい顔をして怯えるじゃねえか! 最高だ」
小さくのどの奥から出ていた忍び笑いが、やがて豪快で大きな笑い声になる。
(一瞬、本当に信じそうになっちゃった……)
まばたきを一つすると、目の前でひらりとロッソさんの服の裾が翻った。
ロッソ「さあ、出発だ! 目覚めさせてくれた礼に、船旅をプレゼントしてやるよ」
〇〇「え?」
ロッソ「甲板に出るぞ!」
〇〇「あ、あの…―」
声をかける間もなく、ロッソさんは意気揚々と歩き出した…―。
外へ出ると、先ほど空を覆っていた雲は晴れ、夕陽が甲板を静かに照らし出していた。
ロッソ「出航だ!」
ロッソさんが操舵用のハンドルを握り、高らかに声を上げる。
船員達「アイサー!」
船員の方達の返事と共に、すぐに船は動き出してしまい……帆が風をはらんで大きく膨れ上がる。
〇〇「あ、あの……!」
ロッソ「何も心配するこたねえさ。ほんのひと月もすりゃまた戻ってくる。 よーし! 面舵いっぱい……!」
〇〇「っ……!」
ぐん、と船が旋回を始める。
穴が開いてボロボロになった帆が、今にも千切れそうにバタバタとはためいた。
(ひと月って……ボロボロだけど大丈夫なのかな?)
〇〇「ロッソさん……あの、この船は大丈夫なんですか?」
ロッソ「あ? なんだってー?」
風のせいで聞こえなかったのか、ロッソさんが耳に手を当てて問い返す。
ロッソさんの大仰な手振りに合わせるように、私も大きな声を出す。
〇〇「この船! 少し壊れてるようだけど、航海を続けても大丈夫なんですか?」
ロッソ「……」
すると、不意に先ほどまでの朗らかな表情が一変して……
(ロッソさん……?)
眉根が深く寄せられたその顔が、ひどく胸をざわめかせる。
ロッソ「……俺の国は、俺の家はバレナロッサ号、この船だけだ。 心配するな。いつも俺はこの船と共に過ごしている」
悲しげな表情のまま、ロッソさんが遠くの海を見つめる。
その横顔に、それ以上言葉をかけることはできなかった…―。