アフロスで執り行う予定だった婚宴の儀は……
運命の相手を映し出す水鏡にヒビが入ったことで、中止せざるを得なくなった。
誰もいない廊下に、わたしの足音が反響する。
ユーノ「うっ……」
わたしは鉛のように重い頭を押さえ、ゆっくりと祭壇へと向かっていた。
先ほど、私の体に二人の神が宿ったことで、体が思うように動かなくなっていた。
(〇〇様の、運命の相手を知ることが怖かった……)
(水鏡など壊れてしまえばいいとさえ、わたしは願ってしまった)
(神に仕える身でありながら……そんな身勝手な想いを抱くから、水鏡は割れてしまったのだ……)
二人の神のお告げが、頭の中に蘇る。
(善良な神は、誰が彼女の運命の相手であろうと、運命を受け入れるべきだとおっしゃった……)
(しかし悪の神は、叶わぬ恋なら、叶うまで求めよと……)
二人の神の声が、わたしの胸を揺さぶる。
(神も……意地悪なことをおっしゃる)
(本来、神官という立場で、彼女の心を欲するなどあってはならないことなのに……)
そう思うのに、〇〇様の優しい笑顔ばかりを思い出してしまう。
(しかし、彼女が他の男性と結ばれる運命を……わたしは受け入れられるだろうか)
頭は割れるように痛み、がくりと膝が折れる。
(わたしは、どうすれば……)
その時……
日の光が、窓から柔らかにわたしに降り注いだ。
(あ……)
ふと視線を外に向けると、神殿の前に〇〇様がたたずんでいた。
ユーノ「〇〇様……」
―――――
〇〇『ユーノさんが悩んだり困ったりしているのなら、少しでも力になりたいんです』
〇〇『待っています。お話を、させてください……』
―――――
彼女の訴えるような瞳が脳裏をかすめ、胸が痛む。
(儀式は中止になったのに、なぜ神殿に……?)
わたしは窓に手をかけ、身を乗り出して彼女を見つめた。
(いや……そんなこと考えずともわかる)
〇〇様の瞳は、わたしのことを気遣うあの瞳のまま……
(〇〇様……)
彼女はじっと神殿の入り口を見つめていたが、やがて中へと入っていった。
ユーノ「どうして君はそんなに……」
まだ、答えが出たわけではない。
けれど、私の足は祭壇へと向かっていた…-。
祭壇の中には、穏やかな日の光が注がれている。
わたしがそっと足を進めると、〇〇様はすぐに顔を上げた。
ユーノ「……」
〇〇「……ユーノさん」
先走る気持ちを抑え、静かに口を開く。
ユーノ「儀式は中止になったと言ったはずです」
〇〇「ユーノさんが何か悩んでいる様子だったので気になって……」
彼女は申し訳なさそうにそっとまつ毛を伏せた。
(やめてください……)
(そんな顔をされたら、わたしは……)
〇〇様の気遣わしげな眼差しに、後悔の念が押し寄せる。
(なんて、清らかでまっすぐな人なんだろう)
ユーノ「君は本当に、優しい人ですね……」
微笑んでみたけれど、すぐに目を逸らしてしまった。
胸が締めつけられ、彼女を直視することができない。
ユーノ「君といると苦しくなるんです」
つかえていた言葉が、不意に零れ落ちる。
〇〇「……え?」
ユーノ「……」
今にも溢れ出しそうな想いを、胸の中で必死に整理する。
(こんなにもまっすぐな彼女を、わたしの身勝手な想いで穢すことなどできない)
(かといって、この気持ちは揺らぐものではない……)
手のひらを固く握り、まっすぐ彼女を見つめた。
(善良な神よ……わたしの心のまま、あなたの言葉に従います)
(ただ一つ、〇〇様を想い続けることだけ、どうかお許しください……)
(他には何も望みません)
彼女の目が大きく瞬く。
わたしは静かに、彼女への想いを口にしていた…-。
おわり。