ユーノ『申し訳ございませんが、婚宴の儀は中止となりました。 お引き取り願えますか』
神殿の中は、静寂に包まれている。
あれから数時間経ってもまだ、ユーノさんの冷たい声が頭から離れない。
(ユーノさん……)
穏やかな笑みを思い出すと、胸がひどく痛む。
(やっぱりもう一度話がしたい……会えるまで、ここにいよう)
そう心に決めた時、入口で人影が揺れる。
そこに立っていたのは、私を見つめるユーノさんだった。
ユーノ「……」
〇〇「……ユーノさん」
ユーノ「儀式は中止なったと言ったはずです」
ユーノさんは眉を寄せ、ゆっくりとこちらに歩みを進めた。
私は慌てて立ち上がり、まっすぐに彼と向かい合う。
〇〇「ユーノさんが何か悩んでいる様子だったので気になって……」
ユーノ「……」
厳しい色を浮かべていた瞳が、次第に柔らかに細められていく……
ユーノ「君は本当に、優しい人ですね……」
けれどすぐに優しい笑みを消し、ユーノさんはうつむいてしまった。
ユーノ「君といると苦しくなるんです」
〇〇「……え?」
ユーノ「……」
顔を上げたユーノさんは、まるで今にも泣き出しそうな顔をしていた。
(どうしてそんな顔を……)
ユーノさんは私を見つめ、深く呼吸してから口を開いた。
ユーノ「儀式の前日……わたしは君が男性と楽しそうに話しているところを見てしまいました」
〇〇「え……」
(見られてたの……?)
〇〇「あの、あれは…-」
慌てて口を開こうとしたけれど、そのままユーノさんは言葉を継ぐ。
ユーノ「嫉妬など……愚かなことです。わたしは神官、神に仕える身なのですから。 しかしわたしは、君の運命の相手を知ることがどうしようもなく怖かった」
〇〇「え……」
ユーノ「神官として、儀式でそれを目の当たりにしなければならないことに、胸を痛めてしまっていた。 君が他の男性と添い遂げる……そう考えると胸が張り裂けそうだった」
(ユーノさん、そんなこと……)
ユーノさんが思い悩んでいた理由が自分だと知って、どうしようもなく苦しくなる。
ユーノ「心を閉ざせば神官として立派に勤めあげられると思い……。 しかし……神官失格です。 醜い嫉妬の炎がわたしを焼いて…正気ではいられなかった。 だから水鏡は壊れてしまったんです。言い訳のしようがありません」
ユーノさんの眼差しに、胸がトクトクと小さく音を立て始めた。
ユーノさんが私に一歩近づく。
ユーノ「悩むわたしに、神は告げました」
(神様が……?)
ユーノ「二人の神からのお告げがあり……善良な神の声に、わたしは従うことにしました」
ユーノさんの手が伸び、私の頬に触れた。
ユーノ「神は……わたしが君を想うことを許してくださった」
長い指で、私の頬がそっと撫でられる。
ユーノ「例え君の運命の相手がわたしでなくても、それでもわたしは君を愛し続けます」
〇〇「……」
頬が熱くなり、抑えきれないほどに胸が高鳴っている。
ユーノ「君の幸せを心から願う。たとえその相手がわたしではなくても……。 どうか、想うことを許してくださいますか」
ユーノさんの声が、切なげに響く。
悲しみを帯びた瞳に吸い込まれそうになるほど、彼を見つめ返していた。
ゆっくりと、彼の唇が近づく。
〇〇「ユーノさん……」
唇が触れ、彼の髪が私の頬をかすめた。
ユーノ「どうか……」
どこまでも優しく切ないユーノさんの声が、心を震わせた。
〇〇「私は……」
芽生えた甘い感情を言葉にし、彼に告げる。
〇〇「では、私にも……ユーノさんを想うことを許してくれますか?」
ユーノ「!」
ユーノさんの透き通った目が見開き、私を見つめる…-。
ユーノ「わたしを……受け入れてくださるんですね」
呼吸を整えた後、ユーノさんが私にそう囁きかける。
〇〇「はい」
落ち着いた声が私の耳元に届けられ、そのまま口づけが落とされる。
ユーノ「何度でも誓わせてください……。 永遠に、君を愛し続けます」
ユーノさんの静かな誓いに、私はゆっくりと頷いた。
そして、また…-。
〇〇「ん……」
愛を誓う深い口づけは、まるで甘美な果実のように甘く激しい……
(ユーノさん……)
ユーノさんの飾らない心が、唇から全身に伝わってくる。
彼の香りに包まれ、静かに目を閉じようとしたその時…―。
(水鏡が……)
その肩越しから、水鏡が目に入り思わず息を呑む。
大きく走っていたはずのヒビが、いつの間にか消えている。
天窓から差し込む光が、水鏡に美しく降り注いでいた…-。
おわり。