貴族の男性としばらく話した後、私はもう一度神殿へと戻ってきた。
神殿の外には、他国の王子達が少しずつ集まり始めている。
その時、神殿の入り口からユーノさんがこちらに歩いてくるのが見えた。
〇〇「ユーノさん!」
呼びかけると、ユーノさんは私をまっすぐ見つめ、柔らかく微笑んだ。
ユーノ「おはようございます。今日はお越しいただきありがとうございます」
(よかった……いつも通りの、ユーノさんだ)
〇〇「おはようございます。あの、昨日のことですが…-」
その時、神殿からどよめきが起こった。
使用人1「た、大変だ! 水鏡が……」
使用人2「水鏡に、ヒビが……!!」
ユーノ「水鏡が……!?」
ユーノさんが慌てて神殿を振り返った…-。
急いで神殿の中へと駆けつけると…-。
〇〇「!」
水鏡に大きなヒビが一本走り、聖水が中から漏れ出してしまっていた。
来賓の男性「水鏡が使えないということか?」
来賓の女性「では、運命の相手も知ることができないの?」
神殿内の声に、周囲にいた王族達にも動揺が広がる。
ざわめきが徐々に大きくなり、神殿を支配していった。
〇〇「ユーノさん……。 どうしてこんなことに……?」
ユーノさんはゆっくりと私に視線を這わせ、唇を引き結ぶ。
ユーノ「これは……」
ユーノさんの言葉が、ぴたりと止まる。
〇〇「ユーノさん?」
ユーノさんの顔からは血の気が失せ、色白の肌がより透き通って見えた。
(え……!)
まるでそのまま消えてしまいそうな様子に、思わずユーノさんの手を握る。
ユーノ「……」
うつろな瞳が、私にゆっくりと向けられた。
〇〇「ユーノさん、大丈夫ですか?」
ユーノ「……失礼」
ユーノさんは我に返った様子で、慌てて私の手を離した。
ユーノ「見苦しいところを見せてしまいましたね。わたしは、大丈夫ですから。 う……っ」
祭壇へ向かおうとしたユーノさんは、頭を抱えその場にしゃがみ込んでしまう。
〇〇「ユーノさん!?」
ユーノ「う……」
ユーノさんは眉間に皺を寄せ、歯をくいしばっている。
固く握られている彼の手に、そっと触れた。
〇〇「大丈夫ですか?」
唐突に、ユーノさんが目を大きく見開き、触れた私の手を強く握りしめた。
〇〇「……っ」
その手はとても熱く、触れられた私の手首も熱を帯びてくる。
〇〇「ユーノ……さん?」
ユーノさんは、仄暗い妖しさを湛えた瞳で、まっすぐ私を見据えた。
(ユーノさんの様子が……?)
ユーノ「我は神の子ユーノ。神の代弁者である」
〇〇「え?」
(もしかして、神様がユーノさんの体に……!?)
ユーノ「水鏡を破壊したのは、ユーノの心。その心が修復されない限り、水鏡も修復されることはない」
(ユーノさんの心? それって……)
〇〇「それは……どういうことですか?」
ユーノさんの目は冷たく輝き、口元に妖しげな笑みが浮かぶ。
ユーノ「それを知りたくば……」
その時…-。
氷のようなユーノさんの表情が、不意に苦しそうに歪み始める。
ユーノ「うぅ……!」
ユーノさんの息が荒くなり、私は崩れ落ちそうな彼の体を支える。
〇〇「ユーノさん、大丈夫ですか!?」
ユーノ「わたしの言葉を……聞かないで……」
〇〇「え…-」
ユーノ「……」
ユーノさんは固く目を閉ざしたまま、その場に倒れ込んでしまった。
〇〇「だ、誰か……!」
私の声に、水鏡の周りに集まっていた使用人の方達が駆け寄ってきた。
使用人1「どうされましたか!?」
〇〇「おそらく……ユーノさんに神託が……それから、倒れてしまって」
使用人1「そうでしたか……おい、早くユーノ様をお部屋へ!」
使用人2「はい!」
ぐったりとしたユーノさんは、数人の使用人の方達に支えられ、出入り口へと向かう。
使用人1「あの……ユーノ様はなんと」
〇〇「……水鏡を破壊したのは」
使用人1「破壊したのは?」
(ユーノさんの心だと……でも、そんなこと……)
〇〇「……そこまでしか聞くことはできませんでした」
私の言葉に、使用人の方は力なく頷く。
運ばれていくユーノさんを、私は祈るような気持ちで見送った…-。