空に浮かんだ一つの星が、夜の訪れを告げる頃…-。
シュテル「……なぜ、人は星に願いをかけると思う」
夕暮れ迫る神殿で、〇〇に問いかけた。
彼女はまばたきもせず、じっと僕の答えを待つ。
シュテル「もし、鏡に想う人が映らなかったとしても、恐れはしない。 君となら、運命さえも変えられると……そう信じている」
僕は〇〇の手を取り、静かに微笑みかけた。
祭壇へと続く道を、一歩ずつ踏みしめるように歩いていく。
シュテル「運命で結ばれた二人が近づくと、先に鏡が光り出すそうだ」
〇〇「そうなんですか……?」
隣を歩く〇〇の顔に、緊張の色が映る。
(大丈夫……恐れることは何もない)
僕は彼女の手を取り、しっかりと繋ぎ直す。
シュテル「僕が君を祭壇へ連れて行く。 気持ちの整理がつくまで、目を閉じているといい」
そう伝えると、〇〇は幾分ほっとしたようにまぶたを閉じた。
けれど……
しばらく立ち止まった後、彼女はもう一度目を開いた。
〇〇「いえ……私もちゃんと見届けます」
シュテル「〇〇……」
(君も心を決めてくれたなら……)
シュテル「……君に話しておきたいことがあるんだ」
歩きながら口を開けば、〇〇の視線が横顔に注がれる。
シュテル「運命という言葉は、時に残酷に聞こえるかもしれない。 君は優しいから……僕に与えられた運命を知って、いつも心を痛めてくれていた」
そう話すと、見る間に彼女の表情が哀しく歪んだ。
〇〇「優しいのはシュテルさんの方です。私はただ……」
〇〇は声を詰まらせ、哀しげに目を伏せる。
やがて祭壇の前に着いても、僕は〇〇だけを見つめていた。
(そんなふうに、優しすぎる君だから……)
シュテル「……君の傍にいると、不思議な感覚になる」
〇〇「え……?」
思いがけない様子で、〇〇が顔を上げた。
シュテル「散りゆく花々を美しいと感じたり……。 くるくる変わる君の表情を、ひとつひとつ心に留めることが癖になっていて」
(君と過ごすささやかな時間が、何よりも大切に思えた)
(命果てる時まで、その笑顔を見つめていたいと思うほどにーー)
ここへ来て、彼女への想いが止めどなく溢れ出す。
シュテル「人の願いを叶えることしか、自分の価値を見いだせなかった。 そんな僕を、君に引き合わせてくれた運命は……とても優しい」
沈黙の中、〇〇の瞳が切なげに揺れる。
シュテル「だからきっと、僕らの運命はどこかで交わる」
(たとえ、僕に残された寿命があとわずかで)
(水鏡が何も映さなかったとしてもーー)
想いの丈を込めて、彼女をまっすぐに見つめた。
シュテル「僕の気持ちは決まっている。 君にはまだ、覚悟が必要か……?」
〇〇は小さく首を振り、僕をまっすぐに見つめ返した。
〇〇「運命は変えられる……私もそう信じます」
(〇〇……)
祭壇の前に立ち、二人の想いを重ね合わせる。
シュテル「鏡を見る前に、誓いの言葉を贈ろう」
その場で腰を低く降ろし、〇〇の前に片膝をついた。
シュテル「僕の願いを叶えられるのは、世界で君だけだ。 あまたの星に誓って……残されたこの命、すべて君に捧げよう」
〇〇ははっと息を詰め、涙混じりに声を震わせた。
〇〇「私も……ずっとシュテルさんの傍にいます」
〇〇が差し伸べた手を取り、強く握り返す。
シュテル「君が好きだ……」
〇〇の薬指に、柔らかくキスを落とし……
淡く光る星屑のリングで、彼女の薬指を飾った。
それは、ほんの束の間しか形を保てず、すぐに消えてしまう戯れの魔法…-。
(人の命のように、もろく儚い……)
けれど、彼女は星屑のリングを見つめ、嬉しそうに目を細めた。
(〇〇……)
ゆっくりと立ち上がり、〇〇の背中に手を添える。
(これで準備は整った)
シュテル「さあ……」
二人で手を繋ぎ、水鏡を覗き込むと……
シュテル「……君には何が見える?」
花がほころぶように、彼女が幸せな笑みを浮かべる。
〇〇「シュテルさんです……」
シュテル「ああ……僕にも君が見えるよ」
染み入るような幸福が、身の内に広がっていく……
(この運命は、僕達をどんな結末へ導くのか……)
水鏡は何も語らず、幸せな二人の笑顔を映している。
シュテル「〇〇……」
(何が起ころうとも、決して悔やみはしない)
(運命に身を委ね、君と共に歩もう…―)
誓いの言葉を胸に、愛しい人の唇を求めた…-。
おわり。