水を打ったような静けさの中、私達の足音が神殿に響き渡る……
私はシュテルさんに導かれるまま、再びこの場へ足を踏み入れた。
シュテル「運命で結ばれた二人が近づくと、先に鏡が光り出すそうだ」
〇〇「そうなんですか……?」
シュテル「僕が君を祭壇へ連れて行く。 気持ちの整理がつくまで、目を閉じているといい」
〇〇「はい……」
私はシュテルさんに言われた通り、そっとまぶたを伏せる。
(運命は、自分の手で変えられる……)
(それなら、何も恐れることはないんだ)
シュテルさんの言葉が、私の背中を押してくれた。
〇〇「いえ……私もちゃんと見届けます」
まぶたを持ち上げると、シュテルさんが少し驚いたように目を見張り、小さく頷いた。
シュテル「〇〇……」
私はシュテルさんにエスコートされる形で、祭壇へ向かう道を一歩ずつ踏みしめていく…-。
シュテル「……君に話しておきたいことがあるんだ」
歩みを止めることなく、シュテルさんが静かに口を開いた。
シュテル「運命という言葉は、時に残酷に聞こえるかもしれない」
(え……?)
シュテル「君は優しいから……僕に与えられた運命を知って、いつも心を痛めてくれていた」
シュテルさんの寿命を示す星屑時計は、もうわずかしか残っていない。
それを見る度、言い様のない焦りに駆られてしまう自分がいた。
〇〇「優しいのはシュテルさんの方です。私はただ……」
(シュテルさんがいなくなってしまうのが、どうしようもなく辛くて……)
そんな心の弱さを、シュテルさんの前で口にするのはためらわれた。
シュテル「……」
シュテルさんは、私を包むように微笑みかける。
(私の大好きな、この笑顔も……)
(遠くない未来に、もう会えなくなってしまう…-?)
やがて祭壇の前に着き、シュテルさんが立ち止まった。
シュテル「……君の傍にいると、不思議な感覚になる」
〇〇「え……?」
シュテル「散りゆく花々を美しいと感じたり……。 くるくる変わる君の表情を、ひとつひとつ心に留めることが癖になって」
そう言いながら、シュテルさんがくすりと笑みを浮かべる。
シュテル「人の願いを叶えることにしか、自分の価値を見いだせなかった。 そんな僕を、君に引き合わせてくれた運命は……とても優しい」
自らの寿命を知ってもなお、シュテルさんは運命を称える。
(シュテルさん……)
シュテル「だからきっと、僕らの運命はどこかで交わる。 遥か遠く、名もない星へ逃げようとも……」
シュテルさんの澄み切った声が、私の心に熱く染み渡る……
そこでようやく、大切なことに気がついた。
(あの二人が、鏡を見るのを恐れていなかったのは……)
(たとえ、鏡にお互いが映らなくても、想いは一つだと知っていたからなんだ)
シュテル「僕の気持ちは決まっている。 君にはまだ、覚悟が必要か……?」
シュテルさんに尋ねられ、ようやく気持ちが定まった。
〇〇「運命は変えられる……私もそう信じます」
迷いを振り切った私に、シュテルさんも頷き返してくれる。
シュテル「鏡を見る前に、誓いの言葉を贈ろう」
シュテルさんは嬉しそうに微笑むと、私の前で片膝をつく。
シュテル「僕の願いを叶えられるのは、世界で君だけだ。 あまたの星に誓って……残されたこの命、すべて君に捧げよう」
(シュテルさん……)
想いがこもったプロポーズの言葉に、胸がじんと熱く震えた。
〇〇「私も……ずっとシュテルさんの傍にいます」
シュテルさんの手に、そっと自分の手を重ねると……
シュテルさんが、その手を強く握り返してくれた。
シュテル「君が好きだ……」
切ないほどの一途な眼差しに射抜かれ、胸が甘く音を立てる。
シュテルさんの冷たい指先に、私の熱が移り……
温もりを分け合いながら、二人の想いを大切に重ねた。
シュテル「私もシュテルさんが好き……大好きです」
シュテル「……ありがとう、〇〇」
シュテルさんの唇が、私の薬指に柔らかく落とされる。
すると……
シュテルさんのこぼした吐息が、星屑のリングとなって薬指の周りを美しく囲った。
(綺麗……)
シュテルさんはゆっくりと立ち上がり、私の背中に手を添えた。
シュテル「……」
二人で手を繋ぎ、ほのかな光を放つ水鏡を覗き込むと……
シュテル「……君には何が見える?」
喜びで喉が詰まり、上手く声を出せなかった。
〇〇「シュテルさんです……」
シュテル「ああ……僕にも君が見えるよ」
シュテルさんと見つめ合えば、笑顔と共に愛しさが込み上げる。
(あなたが……私の運命の人)
私の指先から、星屑のリングが溶けて消える代わりに……
シュテルさんの腕に抱かれ、誓いのキスを交わす。
私達二人の幸福な未来を祈るように……水鏡は、柔らかで優しい光を放ち続けていた…-。
おわり。