第3話 見えない運命

壊れた水鏡を調べた後、神官様が忙しなく神殿を下がられると……

ひっそりとした沈黙が空間を満たし、厳かな神殿に静けさが戻った。

シュテル「……」

残された私達は、もう一度祭壇の前に立って壊れた水鏡を覗き込む。

(やっぱり、何も映らない)

運命の相手を知るには、まだ少し怖かったはずなのに……

鏡が壊れていると知れば、少し残念なような、気の抜けた気持ちになる。

シュテル「……やはり、壊れているようだ」

〇〇「そうみたいですね……」

私は水鏡から視線を戻し、シュテルさんの綺麗な横顔をそっと盗み見る。

(一瞬、シュテルさんの顔が映るかもと思った……)

改めて、何かを期待していた自分が恥ずかしくなった。

シュテル「……」

シュテルさんは黙ったまま、壊れた水鏡に視線を落としていた。

〇〇「シュテルさん、どうかしましたか?」

返事の代わりに、シュテルさんはこちらへゆっくりと視線を流す。

シュテル「……鏡を覗き込んだ時、自分の顔も映らなかったから」

揺らめく水鏡を見つめながら、シュテルさんがぽつりとつぶやく。

シュテル「この鏡には、僕の寿命が視えているのかと思った。 だから、何も映らないのかと」

(え……?)

シュテルさんの言葉に、冷たい予感が胸をよぎる。

(シュテルさん……)

思わず、彼の腰元にある星屑時計を見てしまう。

王族の使命として、自らの命を代償に他人の願いを叶え続けるシュテルさん……

けれど体の弱いシュテルさんの残りの寿命を示す星屑の星は……もうわずかだった。

〇〇「違います、この鏡は壊れていて……」

シュテル「ああ……そうだな」

(シュテルさん……)

淡い光を帯びて、シュテルさんの星屑時計が揺れる。

シュテルさんは自嘲気味に微笑むと、顔を上げて私に問いかけた。

シュテル「僕が見せてあげようか」

〇〇「見せるって……?」

シュテル「水鏡を直そう」

(え……?)

シュテル「君がそう願うなら」

シュテルさんは、少し迷いもなくそう言い放つ。

(まさか、星屑時計の力を使って……?)

私はざわめく鼓動を感じながら、大きく首を振った。

〇〇「そんなことしたら、シュテルさんの命が……」

シュテル「……構わない。君のためなら」

〇〇「……っ! そんなこと言わないでください!」

シュテル「〇〇……?」

〇〇「あ…-」

シュテルさんの澄んだ瞳が、静かに私を映し出している。

(綺麗な瞳……)

(シュテルさんにとっては、誰かの願いを叶えることがすべて)

(わかってるけど……)

〇〇「い……急がなくても、運命の人は待っていてくれると思いますから」

切なく痛む胸を押さえながら、私はそっと視線を外した。

私はそっと頷き、シュテルさんに笑いかける。

(シュテルさんが生きていてくれる方が、ずっと嬉しい)

〇〇「水鏡の修理は、神官様にお任せしましょう。きっと儀式までには間に合いますよ」

シュテル「……そうか」

私の言葉を聞きながら、シュテルさんは複雑そうな表情を浮かべていた。

〇〇「長居してしまいましたね。そろそろ戻りましょうか」

自然に話題を変え、明るい声音でシュテルさんを誘った。

〇〇「帰る前に、少しこの街を歩いてみませんか?」

シュテル「街を?」

〇〇「はい」

シュテルさんは、しばらく何かを考え込んだ後…-。

シュテル「君がそうしたいなら」

小さく笑った後、ふわりとマントをひるがえした。

〇〇「ここへ来る時、素敵なウェディングドレスが飾ってあるお店を見つけたんですよ。 きっと、この街で結婚式を挙げる人も多いんでしょうね」

他愛ない話をしながら、シュテルさんと歩き出した時……

(そういえば……シュテルさんの運命の人は誰なんだろう?)

そんな考えが、不意に心をかすめた。

シュテル「……〇〇?」

シュテルさんが先にドアを開け、私を待っていてくれる。

〇〇「ありがとうございます……」

私の背中を支えるように手を添え、シュテルさんはゆっくりと歩き出す…-。

シュテル「行こう」

彼の優しさが、胸の奥を微かに波立たせる…-。

(シュテルさんも、運命の相手を知りたいと思ってるのかな……?)

その疑問を口にする勇気は持てないまま、神殿の扉を通り抜けた…-。

 

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