壊れた水鏡を調べた後、神官様が忙しなく神殿を下がられると……
ひっそりとした沈黙が空間を満たし、厳かな神殿に静けさが戻った。
シュテル「……」
残された私達は、もう一度祭壇の前に立って壊れた水鏡を覗き込む。
(やっぱり、何も映らない)
運命の相手を知るには、まだ少し怖かったはずなのに……
鏡が壊れていると知れば、少し残念なような、気の抜けた気持ちになる。
シュテル「……やはり、壊れているようだ」
〇〇「そうみたいですね……」
私は水鏡から視線を戻し、シュテルさんの綺麗な横顔をそっと盗み見る。
(一瞬、シュテルさんの顔が映るかもと思った……)
改めて、何かを期待していた自分が恥ずかしくなった。
シュテル「……」
シュテルさんは黙ったまま、壊れた水鏡に視線を落としていた。
〇〇「シュテルさん、どうかしましたか?」
返事の代わりに、シュテルさんはこちらへゆっくりと視線を流す。
シュテル「……鏡を覗き込んだ時、自分の顔も映らなかったから」
揺らめく水鏡を見つめながら、シュテルさんがぽつりとつぶやく。
シュテル「この鏡には、僕の寿命が視えているのかと思った。 だから、何も映らないのかと」
(え……?)
シュテルさんの言葉に、冷たい予感が胸をよぎる。
(シュテルさん……)
思わず、彼の腰元にある星屑時計を見てしまう。
王族の使命として、自らの命を代償に他人の願いを叶え続けるシュテルさん……
けれど体の弱いシュテルさんの残りの寿命を示す星屑の星は……もうわずかだった。
〇〇「違います、この鏡は壊れていて……」
シュテル「ああ……そうだな」
(シュテルさん……)
淡い光を帯びて、シュテルさんの星屑時計が揺れる。
シュテルさんは自嘲気味に微笑むと、顔を上げて私に問いかけた。
シュテル「僕が見せてあげようか」
〇〇「見せるって……?」
シュテル「水鏡を直そう」
(え……?)
シュテル「君がそう願うなら」
シュテルさんは、少し迷いもなくそう言い放つ。
(まさか、星屑時計の力を使って……?)
私はざわめく鼓動を感じながら、大きく首を振った。
〇〇「そんなことしたら、シュテルさんの命が……」
シュテル「……構わない。君のためなら」
〇〇「……っ! そんなこと言わないでください!」
シュテル「〇〇……?」
〇〇「あ…-」
シュテルさんの澄んだ瞳が、静かに私を映し出している。
(綺麗な瞳……)
(シュテルさんにとっては、誰かの願いを叶えることがすべて)
(わかってるけど……)
〇〇「い……急がなくても、運命の人は待っていてくれると思いますから」
切なく痛む胸を押さえながら、私はそっと視線を外した。
私はそっと頷き、シュテルさんに笑いかける。
(シュテルさんが生きていてくれる方が、ずっと嬉しい)
〇〇「水鏡の修理は、神官様にお任せしましょう。きっと儀式までには間に合いますよ」
シュテル「……そうか」
私の言葉を聞きながら、シュテルさんは複雑そうな表情を浮かべていた。
〇〇「長居してしまいましたね。そろそろ戻りましょうか」
自然に話題を変え、明るい声音でシュテルさんを誘った。
〇〇「帰る前に、少しこの街を歩いてみませんか?」
シュテル「街を?」
〇〇「はい」
シュテルさんは、しばらく何かを考え込んだ後…-。
シュテル「君がそうしたいなら」
小さく笑った後、ふわりとマントをひるがえした。
〇〇「ここへ来る時、素敵なウェディングドレスが飾ってあるお店を見つけたんですよ。 きっと、この街で結婚式を挙げる人も多いんでしょうね」
他愛ない話をしながら、シュテルさんと歩き出した時……
(そういえば……シュテルさんの運命の人は誰なんだろう?)
そんな考えが、不意に心をかすめた。
シュテル「……〇〇?」
シュテルさんが先にドアを開け、私を待っていてくれる。
〇〇「ありがとうございます……」
私の背中を支えるように手を添え、シュテルさんはゆっくりと歩き出す…-。
シュテル「行こう」
彼の優しさが、胸の奥を微かに波立たせる…-。
(シュテルさんも、運命の相手を知りたいと思ってるのかな……?)
その疑問を口にする勇気は持てないまま、神殿の扉を通り抜けた…-。