第5話 目的地で見たもの

木々の隙間から、大きな夕日がにじんでいる。

山の麓に着いた頃には、すっかり日は傾き始めていた。

○○「着きましたね」

楓「ああ」

楓さんは口数少なく、念入りに周囲の木々を確認している。

そうしてしばらく辺りを見回した後、首を横に振った。

楓「まだ、咲いていないみたいだね」

○○「そうですね……」

楓「ここら辺はもう少しで咲きそうなんだけど」

楓さんは、蕾がほころびそうな枝に触れて残念そうな表情を浮かべる。

するとその時、冷たい風が木々の間を吹き抜けた。

○○「寒い……」

思わず、自分の体をぎゅっと抱きしめる。

楓「風が出てきたな」

楓さんは独り言のようにつぶやいてから、そっと私の肩に腕を回した。

楓「桜も咲いてなかったし、こんなところまで連れてきて……悪かったね」

○○「楓さん……」

彼は心配そうに私を見下ろし、優しく背中をさすってくれる。

○○「いえ、私も来たかったので…―」

楓「手もこんなに冷たくなってる」

楓さんはそう言って、私の手を両手で包み込んだ。

その眼差しは、優しく私に向けられている。

(いつもは意地悪なのに……)

不意に胸が熱くなり、手から伝わる楓さんの体温に胸が高鳴った。

○○「ありがとうございます」

楓「……変わってるね」

○○「え……?」

楓「結局、桜を見れなかったのにお礼を言うなんて。 変わってるよ」

穏やかな声が私の耳元で響く。

(楓さん……)

楓さんは私の手を握りながら、朱色の光を浴びる木々を見つめた。

楓「この調子だと、街の桜も開花までに時間がかかりそうだね」

○○「そうですね……」

冷たい風に、私達は自然と体を寄せ合う。

○○「楓さんと、桜、見たかったです……」

私の小さなつぶやきは、山を駆ける風にさらわれていった…―。

 

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