第4話 桜餅

画材屋を出た私達は、山に向かって歩き出した。

道行く人々は皆、冷たい風から身を守るように背を丸めている。

○○「寒くなってきましたね」

楓「そうだね。もう少しで着くよ。 そうだ。その前に、あそこで休んでいかない?」

楓さんが指さした先には、茶屋ののれんが揺れていた。

……

○○「わぁ、かわいい」

目の前に置かれた桜餅を見て、思わず声を上げる。

ころんと丸い桜餅をそっと手に取って鼻先を近づけると、ほんのりと甘い香りが漂った。

○○「……桜の香りがしますね」

探し求めていた桜を身近に感じ、なんだか食べるのがもったいないと思っていると…―。

楓「……俺が食べさせてあげようか」

○○「えっ!」

楓「もったいなくて食べられないんでしょ?」

○○「いえ、食べられます……!」

そう言って口をつけようとしたその時、手にしていた桜餅を楓さんに奪われた。

○○「あ……」

楓「ほら、そのまま口を開けて」

楓さんの長い指に納まった桜餅は、より小さく見える。

○○「いえ……」

楓「早く……」

瞳に少年のような輝きを湛える楓さんの顔が、私の顔に少しずつ近づいてきた。

恥じらいながらも口を小さく開けると、柔らかい桜餅が唇に触れ……

楓「もう少し口を開けないと、食べられないよ?」

楓さんは目を細めて私を見つめる。

(絶対に楽しんでる……)

思い切って口を大きく開け、一口かじると…

餅のほのかな甘さが口いっぱいに広がった。

楓「どう、おいしい?」

○○「……おいしいです」

楓「そう、それはよかった」

楓さんは意地悪な笑みを浮かべると、残りの桜餅を口にする。

楓「ああ、本当だ。おいしいね」

彼は目を閉じ、じっくりとその味を楽しんでいた。

思わず楓さんを見つめてしまった時、目を開けた彼と視線が絡み合う。

楓「……」

○○「楓さん……?」

楓さんは答えることなく、じっと私の顔を見つめている。

すると次の瞬間、彼の長い指が私の唇に伸ばされた。

(え……?)

指先がゆっくりと唇をなぞる。

○○「あ、あの……」

楓「唇に餡がついてたよ」

楓さんはぺろりと、その指から餡を舐めとった。

○○「……!」

頬が一気に熱くなる。

楓「ふふ……また顔を赤くして」

○○「……そ、そんなこと」

楓さんは満足気に微笑みながら、二個目の桜餅を手に取ったのだった…―。

 

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