画材屋を出た私達は、山に向かって歩き出した。
道行く人々は皆、冷たい風から身を守るように背を丸めている。
○○「寒くなってきましたね」
楓「そうだね。もう少しで着くよ。 そうだ。その前に、あそこで休んでいかない?」
楓さんが指さした先には、茶屋ののれんが揺れていた。
…
……
○○「わぁ、かわいい」
目の前に置かれた桜餅を見て、思わず声を上げる。
ころんと丸い桜餅をそっと手に取って鼻先を近づけると、ほんのりと甘い香りが漂った。
○○「……桜の香りがしますね」
探し求めていた桜を身近に感じ、なんだか食べるのがもったいないと思っていると…―。
楓「……俺が食べさせてあげようか」
○○「えっ!」
楓「もったいなくて食べられないんでしょ?」
○○「いえ、食べられます……!」
そう言って口をつけようとしたその時、手にしていた桜餅を楓さんに奪われた。
○○「あ……」
楓「ほら、そのまま口を開けて」
楓さんの長い指に納まった桜餅は、より小さく見える。
○○「いえ……」
楓「早く……」
瞳に少年のような輝きを湛える楓さんの顔が、私の顔に少しずつ近づいてきた。
恥じらいながらも口を小さく開けると、柔らかい桜餅が唇に触れ……
楓「もう少し口を開けないと、食べられないよ?」
楓さんは目を細めて私を見つめる。
(絶対に楽しんでる……)
思い切って口を大きく開け、一口かじると…
餅のほのかな甘さが口いっぱいに広がった。
楓「どう、おいしい?」
○○「……おいしいです」
楓「そう、それはよかった」
楓さんは意地悪な笑みを浮かべると、残りの桜餅を口にする。
楓「ああ、本当だ。おいしいね」
彼は目を閉じ、じっくりとその味を楽しんでいた。
思わず楓さんを見つめてしまった時、目を開けた彼と視線が絡み合う。
楓「……」
○○「楓さん……?」
楓さんは答えることなく、じっと私の顔を見つめている。
すると次の瞬間、彼の長い指が私の唇に伸ばされた。
(え……?)
指先がゆっくりと唇をなぞる。
○○「あ、あの……」
楓「唇に餡がついてたよ」
楓さんはぺろりと、その指から餡を舐めとった。
○○「……!」
頬が一気に熱くなる。
楓「ふふ……また顔を赤くして」
○○「……そ、そんなこと」
楓さんは満足気に微笑みながら、二個目の桜餅を手に取ったのだった…―。