街には、黒漆喰塗りの美しい建物が軒を連ねている。
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楓『春の宴に、桜の屛風絵を是非出展してくれって頼まれて』
○○『桜の屛風絵なんて、素敵ですね。 あれ? でも、出展しないって言っていたような……』
楓『そう。だから、君が来てくれて助かったよ』
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○○「どうして断ってしまったんですか?」
私の問いかけに、楓さんは小さく首を振った。
楓「春の宴は桜花が中心だからね。俺が出しゃばる必要はないよ」
(桜花さんって……春を司る王子様だったよね)
楓「それに、桜花の舞と桜の花……それの調和の中に俺の絵なんかあっても邪魔なだけだ」
○○「邪魔なんて……楓さんの絵を楽しみにしている人も多いと思います」
私の言葉に、楓さんの表情が陰る。
楓「これから本物の桜が咲くっていうのに、桜の絵を描くなんて無粋な真似はしたくないよ」
○○「え……」
楓「俺が設計から手がけたこの街を桜が彩る……。 それでこそ春にしか拝めない芸術品が完成するというのに。 まったく、わかってない」
楓さんは大きなため息を一つ吐いた。
(そんな思いがあるんだ……)
○○「ごめんなさい、何もわからないのにいろいろ言ってしまって」
楓「いや……」
そう言って、楓さんは街並みへと視線を移す。
○○「楽しみです。 街全体が芸術品になるなんて。きっと、とても美しいんでしょうね……」
うっとりと街並みを見渡すと、楓さんは私の顔を真顔で覗き込んだ。
楓「いつもぼんやりしているのに、そういう感性はあるんだね」
○○「……」
楓さんはくすりと笑い、木々を仰ぐ。
通り過ぎる風が、楓さんの黄朽葉色の髪を揺らした。
楓「目で鼻で体で、桜の息吹を感じてこそ。 本物の桜を前にして、絵画の桜がその美しさに敵いっこない」
楓さんは、まだ開花していない桜の木を愛しむように、目を細める。
私は彼の美しさに、息を吐くのも忘れ見とれてしまった。
(やっぱり、綺麗な人……)
楓さんに倣い、私も木々を見上げる。
(桜が咲くのは楽しみだけど、楓さんの桜も見てみたかったな)
(少し残念……)
私達は桜の開花を待ちわびるように、青空に伸びる枝を見上げ続けていた…―。