井戸に入れられた毒を解毒するために祈祷を行ったものの、力を使い果たし、倒れてしまったわしは…―。
煌牙「……おぬしの前では格好がつかんのう……残念じゃ……」
○○「だけど煌牙様は、十分素敵です。そして……可愛らしいです」
獣の姿になってしまったわしを、○○は優しく撫で続ける。
(おぬしはまた、そうやって……)
(好きなおなごに可愛いと言われて喜ぶ男がどこにおる)
(まったく。おぬしには男心というものをみっちりと教えてやらねばならぬのう)
2000年あまりを生きる伊呂具の長として、何より一人の男として、少しばかり複雑な気持ちを抱いてしまう。
しかし、柔らかな○○の手は想像以上に心地よくて……
(……これは、抗えんのう)
(じゃが……このまま大人しく身を任せるのは、ちと癪に障る)
そう思ったわしは、なおも優しく撫でてくる○○に向かって口を開く。
煌牙「可愛い可愛いと、わしが弱っていると思って好き勝手言いよって。 ふん、ついでにその煌牙様もやめるのじゃ。様なんぞもう……いらん」
わしは○○の返事を待つことなく、力を抜いて目を閉じる。
すると彼女は少しだけ手を止めたものの、再びわしを撫で始め……
(……本当に、おぬしは変わっておる)
(わしのこの姿を喜ぶばかりか、そのように愛おしげに撫でよって)
(……幸せ、じゃのう)
しとしとと降り続ける雨の音を耳にしながら、○○との温かな時間を噛みしめる。
…
……
そうして、しばらく…―。
煌牙「……ようやく力が戻ってきたか」
わしは名残惜しさを覚えつつも、○○の膝から下りて立ち上がる。
煌牙「ふむ。まだ多少ふらつくが、問題はなさそうじゃ。 さて……それでは祈祷の続きといくかのう」
○○「えっ? まだ無理はしない方が……」
煌牙「なんじゃ、おぬしは心配性じゃのう。 わしはもう大丈夫じゃ。先ほどのような失敗はせぬ。 それに、言ったじゃろう? わしか煌牙でなければ解毒はできぬと」
○○「でも……」
○○は心配そうにわしを見下ろしてくる。
その瞳には、不安の色が溢れていて……
(……まったく。そんな顔をされては行けるわけがないじゃろう)
(何より……そのような表情、おぬしには似合わぬわ)
煌牙「……仕方のないやつじゃのう。 ならば、そうじゃな。おぬしの作ったおやつをわしに食べさせるのじゃ」
○○「えっ?」
煌牙「倒れてしまったせいで食べ損ねてしまったが、作ってくれたのじゃろう?」
○○「はい。一応、おはぎを…―」
煌牙「何!? それは美味そうじゃのう! ほれ、早く持ってくるのじゃ! 早う早う!」
○○「わ、わかりました。少しだけ持っていてください」
○○は急ぎ足で部屋を出ていく。
そうして少しの後、たくさんのおはぎが乗った皿を持って戻ってきた。
煌牙「おおお……これは美味そうじゃのう!」
たっぷりのつぶあんが塗されたおはぎに、腹の虫が騒ぎ出す。
煌牙「ああ、もう我慢できぬ! ささ、早く食べさせるのじゃ!」
わしは再び○○の膝に乗り、大きく口を開ける。
すると彼女はおはぎを小さく切り分け、わしの口へと運んだ。
煌牙「……美味い! これほどまでに美味なおはぎは生まれて初めてじゃ」
○○「そんな、大げさです」
煌牙「何を言う、大げさなどでは……」
そう言いかけたところで、わいsの心に小さな悪戯心が芽生える。
煌牙「……そうじゃのう。言葉だけではいささか信憑性に欠けるかもしれぬな」
○○「……? 煌牙さ…―。 ……っ!」
重ねた唇を離した後、わしは○○の瞳を覗き込む。
煌牙「どうじゃ? 美味であろう?」
○○「はい。でも、その……」
(ふふ……初いのう)
恥じらう○○を前に気を良くしたわしは、その後も彼女にねだりながらおはぎを食べ進めていく。
そうして、全てのおはぎを食べ終えた後…―。
煌牙「ふう……満足じゃ」
○○「すごいです、まさか全部食べてしまうなんて……」
煌牙「うむ、祈祷は腹が減るからのう」
(本当は、少しばかり無理をして詰め込んだが……)
(わしのために作ってくれたのじゃ。残すわけにはいかんからのう)
(何より……)
わしは○○から見えぬようにお腹をさすった後、再び○○の方へと向き直る。
煌牙「これだけ美味なおやつを食べたのじゃ。もう倒れたりはせぬ。 じゃから、おぬしは安心して待っておれ」
○○「煌牙さん……」
○○はわずかに目を見開いた後、愛らしい笑みを浮かべて頷く。
(うむ。やはりおぬしは笑顔が一番じゃ)
煌牙「さて、それでは井戸へと戻るとするかのう。 ○○、共に来てくれるか?」
○○「はい、もちろんです」
わしらはどちらともなく手を取った後、部屋を後にする。
そうして、数時間後…―。
中断されてしまった祈祷を無事成功させたわしは、傍で見守っていた○○と共に、伊呂具の平和を喜び合ったのだった…―。
おわり。