素晴らしく豪華な宴から一夜が明けた。
昨晩の余韻に浸りながら朝の身支度を整えていると、城内がどうも騒がしいことに気がついた。
(何かあったのかな?)
そっと襖を開いてみると…―。
慌ただしく何人もの城の人々が行き交っている。
どうしても気にかかり、すれ違った従者の方を一人呼び止めた。
○○「あの、すみません。何かあったのでしょうか?」
従者1「はい、それが……」
従者の方は眉をひそめ、言いにくそうに一拍置いた。
従者1「牢に捕らえていた賊が、脱走しまして……伊呂具一番の井戸に毒を盛ったようなのです」
○○「っ……!」
(そんな……井戸水に毒だなんて……!)
さあっと体中から血の気が引くのを感じた。
私は教えてくれた方への礼もそこそこに、煌牙様の元へ駆け出していた。
慌てて煌牙様の元を訪れると、厳しい表情をして従者の方々の報告を聞いていた。
煌牙「……うむ」
牢番「本当に申し訳ございません……! 私の力が及ばず……!」
牢番をしていた男性は怪我を負った体で、床に這いつくばってしまいそうな勢いで頭を下げている。
煌牙様の部屋に集まった面々は、皆一様に深刻な顔をしていた。
(それほど事態は緊迫しているということ……? でも、井戸に毒だなんて、どうやって……)
と、煌牙様が私に気がつき、はっと目を丸くする。
それからやや表情を緩めると……
煌牙「もう良い。報告は聞き入れた。怪我をしたものは養生するように」
煌牙様は、牢番や従者の方に労いの言葉をかけて、いったん話を終わらせる。
そして…―。
煌牙「不安だろう。こちらへ来い」
煌牙様に手招きをされ、私は言われるまま傍に寄った。
○○「煌牙様。井戸に毒が……」
煌牙「ああ、大変なことになったわい……」
眉根を寄せ、煌牙様が一つ深いため息を吐く。
○○「大丈夫ですか?」
煌牙「そうじゃな……幸い、毒の入った井戸水を飲んだ者はおらん。よって、大きな被害も出ていないが……井戸の水を解毒するのが難儀じゃ」
良い方法はないかと考えを巡らせているのか、煌牙様は思案の瞳を上向かせる。
(こんな大変な時だからこそ、私も何か手伝えれば……)
○○「煌牙様……私にも、何かお手伝いできることはないでしょうか? 私も何か力になれれば嬉しいです」
すると、ふっと煌牙様の表情が緩んだけれど……
その後、静かに首を左右に振った。
煌牙「解毒には、特別な加持祈祷が必要でな。わしか……砕牙でないと、ならぬのだ」
○○「……そうなんですね」
(それはもっともかもしれないけれど……)
○○「その解毒のお役には立てないかもしれませんが……それ以外でもし何かお手伝いできることがあれば、何でも言ってください」
煌牙「おぬしは……優しいのだな」
○○「優しいのかはわかりませんが……昨晩、煌牙様がこの国の素晴らしさを教えてくれましたから。この国の恵みを守ることができればと思いますし、それに何より……」
煌牙「ん? 何じゃ?」
くるんと大きな愛くるしい瞳が、じっと私を見つめる。
そうされると、その次の言葉がとても恥ずかしくなったけれど……
○○「……煌牙様の、お役に立ちたいんです……」
消え入りそうな声で最後、そう答える。
すると煌牙様は、満足そうににっこりと微笑んだ。
煌牙「うむ。では、祈祷中は腹が減るゆえ、美味いおやつの差し入れを頼もうかの」
○○「っ……! わかりました、任せて下さい」
煌牙「……」
少しでも役に立てることが見つかって、すっかり張り切る私を、煌牙様は随分と大人びて見える真眼差しで、見つめていたのだった…―。