賊が逃げたと知らされた翌朝のこと…ー。
まだ夜も明けやらぬ時刻、まどろんでいると……
◯◯「っ……!」
賊1「声を上げるな」
すっと首筋に冷たいものを押し当てられて、一瞬にして目が覚めた。
(こ、この人……以前のあの賊!?)
驚きながらも見れば、あの日の賊が私を見下ろしており、
部屋の前にいたはずの見張りの人達が倒れている。
(ど、どうしよう……怖い!)
賊1「運がいい。薬を狙って来たが、大層な拾い物だ」
賊2「くくっ、おとなしくついてこいよ。秘薬よりもお前を攫ったほうが価値があることに気づいたからな」
◯◯「……」
刃物の感覚に身がすくみ、どうすることもできずにいた時…ー。
煌牙「不届きな気配がすると思えば、ここか!」
(煌牙さん……!)
現れた煌牙さんの顔つきには、私に見せてくれた可愛らしい面影はかけらもなかった。
目の前の賊に向ける煌牙さんの瞳は、恐ろしいほどの鋭さをたたえている。
賊1「もっ、もう嗅ぎつけてきやがった……!」
賊2「っく……」
煌牙「容赦はせんぞ!成敗いたす!」
怒りに燃える眼が、ぎらりと揺れた瞬間……
煌牙さんの両手から、黄金の炎が生まれる。
その炎があっと言う間に二人を包んだかと思えば……
賊1「ぎゃあっ……!」
暴れ狂う黄金の狐のように炎は舞い、ゆらりと鎮火する。
賊2「ひっ……」
煌牙「ぬしら……秘薬を狙うに飽き足らず、◯◯までも……」
煌牙さんの唇が、冷酷に歪む。
(いけない……!)
煌牙「命、惜しくないということか……!」
煌牙さんが賊達に向かって、勢いよく手を振り上げた。
◯◯「待ってください……!」
声を上げると、煌牙さんは手の動きをぴたりと止め、怒りに震える顔のまま私に視線を投げた。
煌牙「何じゃ……」
◯◯「……駄目です。このまま、煌牙さんの手を汚してしまうことは……」
煌牙「汚す……?」
◯◯「はい、お願いです。殺生だけは……」
死にていになり震える賊達を、煌牙さんはじっと見下ろした。
それから……
煌牙「誰かおらぬか!賊を捕らえた……!」
◯◯「煌牙さん……!」
考え直してくれた煌牙さんに、安堵のため息がこぼれる。
その後賊は、国外追放となり、罪人として賊の出自国へ引き渡すこととなった。
…
……
それら一連の手続きを終えた煌牙さんが、やや呆れた顔をして私を見つめる。
煌牙「おぬしの優しき心に、救われたのだな、あいつらは」
その顔にはまだ幾分、怒りも残っているように感じられる。
◯◯「どうしても嫌だったので……」
煌牙「うむ、しかし……おぬし、わしのこの姿で誤解しておるのだろうが……長きにわたってこの国を守ってきたのだ。長として成敗すべきものは成敗し、排除してきた。 汚れているというのであれば、とっくに汚れておるのだがのう」
◯◯「っ……!」
いつか私がしたように、今度は煌牙さんが私の頭を静かに撫でる。
(きっと、そうなんだろうとは思う……けど)
先ほどの煌牙さんの厳しい表情を思い出すと、胸がどうしようもなく痛んだ。
◯◯「それでも……嫌です」
近づいた距離はどこか甘酸っぱく……言葉にならない気持ちが湧き上がった。
煌牙「おぬしは本当にどこまでも……純粋なのだな」
小さな掌の温かさと、吐息の絡みそうな近い距離に、
とくとくと鼓動が速まるのを止められずにいた…ー。