第3話 長寿

あまりに煌牙様が愛らしくて、怒らせてしまった、その後…━。

(これを持って部屋に行けば、すぐに機嫌を直してもらえるって教えてもらったけど……)

手にした盆の上には、つぶあんたっぷりの大福が載っている。

荘厳な造りの廊下を、美しく整えられた庭園を横目に先へ進んだ。

◯◯「……煌牙様」

煌牙様の部屋の襖は開け放たれており、私は控えめに襖の端から声をかけた。

煌牙「何じゃ……」

いまだ、むくれたような声が室内から聞こえて、そろりと中の様子を見ると……

(か、可愛い……!)

そう思っては駄目だとわかっているのに、即座にきゅんとしてしまった。

煌牙様は柔らかそうな座布団の上にころんと丸くなり、横になっている。

(だ、駄目。頬が絶対に緩まないようにしないと……)

改めて姿勢を正し、真面目な表情を心がける。

そして……

◯◯「先ほどはすみませんでした。あの……おやつをいただきましたので……」

煌牙「なに!」

その瞬間、しゅんと垂れていた耳が勢いよくぴんと立った。

そして、すぐさま飛び跳ねるようにして正座をする。

(ま、また……どうしてこんなに可愛いの……!)

大きな座布団の上にちょこんとお行儀よく正座する様子は、これまた可愛くてたまらない。

煌牙「早う、近う寄れ!近う近う!」

煌牙様の耳がぴんと立ったまま、微かに動いている。

◯◯「はい。失礼します」

必死で表情を引き締めながら、煌牙様の傍へ寄ると……

煌牙「おお!よもつ屋の塩大福ではないか!」

邪気なく瞳を輝きくるめかせ、鼻先を小さく震えさせる。

すぐさま期待に輝く瞳を私へ向け、蕩けるような笑みを咲かせた。

煌牙「これは、わしのじゃな?全部食べて良いのだな?」

◯◯「はい、ぜひ。今、お茶も淹れますね」

煌牙「いただきます!」

お行儀よく手を合わせたかと思えば、せっつかれてでもいるように大福を口に運ぶ。

煌牙「ん~……美味じゃ!」

◯◯「良かったです」

すっかり機嫌の良くなった煌牙様を見て、ほっと一安心する。

◯◯「煌牙様……ご機嫌を直してくださって嬉しいです」

煌牙「ん?べ、別にわしは、大福にほだされたわけではないからな!」

やや頬を染めて言う姿が、ましても愛くるしかった。

煌牙「しかし皆……わしの齢を忘れておるわけではなかろうな」

(そう言えば先ほど……)

◯◯「2000を超えていらっしゃると……言われてましたよね?」

煌牙「うむ。そうじゃ。ただ……1000……2000……うーん……もう数えてはおらぬが」

そんなにも長い時間を生きているとは思えない容姿と無邪気な仕草を、不思議に思う。

◯◯「私には、そこまで長い時間の感覚……想像もつかないというか……」

煌牙「わしら一族は特別長寿なのじゃ」

ぱくりと二つめの大福をたいらげ、煌牙様はふうとひと息吐く。

煌牙「することもまあ、多くあるゆえ、飽くこともないが……」

不意に、煌牙様の表情に憂いが滲む。

(あ……)

あどけない顔に時折浮かぶ、その大人びた雰囲気に私の鼓動が跳ねる。

煌牙「一つ無常を感じるのが、いつも外の国の友人達を見送らねばならんことじゃな……」

(見送る……つまり皆、先に亡くなってしまって……)

きゅっと胸がしめつけられるような心地になる。

(煌牙様……)

煌牙様の心に寄り添いたくて、思わず……そっとその小さな手に手を優しく重ねた。

煌牙「っ……!」

煌牙様が目を丸くして私を見る。

けれどすぐに視線を落として、私の指先をわずかに握りしめてくれた。

煌牙「しかし……このように陰気な話はやめにしようぞ!おぬしの話を聞かせぬか」

突然、話題を断ち切るように言い出した煌牙様の顔からは、

もうすっかり先ほどの憂いは消えている。

(可愛い……なんて失礼だったな)

(煌牙様は、私の想像もつかないようなすごい方なんだ……)

煌牙様の大きな瞳が、神秘的な光を宿しているように思えた…━。

 

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