天狐の国・伊呂具 奏の月…ー。
まばゆい太陽が輝いているというのに、空からは優しい雨がしとしと降り注いでいた。
ひんやりとした湿度の高い空気が肌にまとわりつき、ぶるりと体が震える。
(煌牙様……傘を忘れないようにと手紙に書いてくれて、本当に助かった)
目覚めさせたお礼を改めてしたいとの手紙をもらい、私は煌牙様の国へ向かっている。
道中の山は険しく、歩きにくい足元が続いていた。
やがて、前方に見えてきたのは…ー。
(あれは……輿?)
狐面をかぶった男性達が、立派な輿を担いでいる。
どこか異様にも思える雰囲気に、足を止めた。
(不思議な光景……でも、少しも怖くない)
すると、輿は私のすぐ目の前で動きを止めて……
輿の簾がするすると上げられる。
煌牙「◯◯。険しい道中、ご苦労であったな」
◯◯「煌牙様……!」
そこからひょっこりと顔を出したのは、可愛らしい黒髪を揺らす煌牙様だった。
愛くるしく感じられる瞳がすうっと細くなり、唇は美しい弧を描いて笑みを作る。
煌牙「おぬしを迎えにきてやったぞ。ここから先は国からの招待を受けた者しか通れぬのでな」
(通れない……?)
よく理解できずにいると、煌牙様がふっと微笑む。
煌牙「この先の鳥居をくぐれどもくぐれども、招待されねば永遠に辿り着けぬのじゃ」
◯◯「そうなんですね……。 あの、ありがとうございます。わざわざ迎えにきていただくなんて申し訳ないです」
煌牙「良いのじゃ。おかげでおぬしの、謙虚で初い様子が見られたわい。 ささ、乗るが良い」
煌牙様の表情がことさら明るくなり、瞳が楽しげに煌めく。
そのさまはどきりとするほどに愛らしく、胸を躍らせたのだった…ー。