その夜…-。
私達は一緒に作った夕食を食べ終え、穏やかな時間を過ごしていた。
藤目「料理って難しいんですね。 ○○さんは、料理上手だな」
後片付けを申し出てくれて、藤目さんが洗い物をしてくれている。
でも……
藤目「あ」
パリン…-。
藤目「……あ」
パリン…-。
ほとんど間を開けず、お皿が割れる音が聞こえてくる。
〇〇「藤目さん、私が……」
見かねて申し出ると、藤目さんは私に身振りで座っているように促す。
藤目「このくらい私にだってできます」
〇〇「でも、お皿がなくなっちゃいそうですから」
笑ってスポンジを取り上げると、藤目さんと手が触れた。
藤目「……っ」
藤目さんは、私から慌てて顔を背ける。
〇〇「あの……?」
顔を覗き込むと、彼は頬を真っ赤に染めていた。
藤目「……何なのですか」
〇〇「え?」
藤目「貴方を見ていると……貴方に触れると、何とも言えない感情が湧いてくる」
〇〇「藤目さん……?」
藤目「この気持ちは……」
ハッとして、藤目さんが床にお皿を取り落す。
藤目「し、失礼」
消え入るような声でそう言うと、藤目さんは扉を開けて夜の暗闇の中へと飛び出していった。
〇〇「藤目さん……!」
取り残された私は、しかし、夜の濃い闇に飛び出すことをと躊躇う。
(どうしたの……?)
しばし、呆然と扉の前で藤目さんの消えた方向を見つめていた。
すると……
??「○○姫、失礼致します」
どこからともなく一人の男性が現れ、私の前で深々とお辞儀をする。
??「私は藤目王子の執事……姫をお城までお送りするようにと申し付けられました」
〇〇「藤目さんは……」
藤目の執事「伝言をお預かりしております……『有難う。取材は成功です。城で待っていてください』と」
〇〇「……っ」
私は何故だかとても悲しい気持ちになる。
まだ洗い終えていない食器の山を見て、胸元をぎゅっと握りしめた…-。
…
……
そうして、月日が流れ…-。
(あれからもう何ヶ月も経ったけど……)
伝言通り待っていたけれど、藤目さんは私のもとには姿を現さなかった。
城にもいないようで、執筆中は旅をすることが多いのだと執事さんが教えてくれた。
(でも、これでよかったんだよね……)
先ほど小包が届き、その中には、今度発売されるという藤目さんの新刊が入っていた。
(藤目さんがまた書けるようになってよかった)
庭に出て、一人その本を開く。
(……これ……)
初めの数ページでわかった。
この本に描かれているのは、あの新婚夫婦の幸せな結婚生活…-あの日の私達のことだった。
(オムライス……やっぱりハートは描いて欲しいんだ)
(……たった一日だったけど……楽しかったな……)
しばらく読んでいると、後ろで落ち葉を踏みしめる音が聞こえた。
??「-『幸福に形があるなら、きっとそれは、この暖かな料理の上のいびつなハートを指すのだろう』」
私が読んでいたところを音読する声がして振り返ると…-。
〇〇「……藤目さん……!」
藤目さんは、私を後ろから抱きしめるようにして、本の続きを読んだ。
藤目「『彼女の作ってくれた卵料理を食べながら、私は心の中でそんなことを思う』『彼女がトマトソースで描いてくれたこの愛しい形を腹に納め、私は心から幸せだと思った…-』……こんな風に、貴方と暮らしたいと思う」
藤目さんは、私の耳元で優しく囁く。
藤目「貴方と過ごした一日で、私は知ってしまったのです。 拗ねた顔……笑い声…。 言葉にできないほど……名前をつけられないほど、愛おしいと思う気持ちを」
あたたかな、甘やかな感情が、藤目さんと触れ合う場所からあふれ出してくる。
〇〇「……会いたかった……です」
木々が風にそよぐ。
風にページをめくられて本が閉じると、『無題』と題名が書かれた本の表紙が見えた…-。
おわり。