意を決して、〇〇ちゃんを連れてきたのは、昨日、二人で一緒に訪れた多種多様なチョコレートを置いているケーキショップだ。
〇〇「どうしてここに……?」
不思議そうに小首を傾げる彼女に、優しく笑いかける。
万里「ただ、贈り物を探してアナタに渡すだけじゃ、つまらないでしょう? だから、手作りでアナタにチョコレートを贈りたいなと考えました。 せっかくチョコレートの国に来たんですから、チョコレート作りを学ぶにも絶好のチャンスです」
真正直にそう告げられることは、私にとってこの上ない幸せだった。
(手作りだなんて……他の人からは少女趣味と言われるかもしれない)
(けど……)
―――――
万里『でも……素の万里くんを見られるのも、嬉しいです』
―――――
(アナタは、ああ言ってくれたから……)
〇〇「それで、この店に?」
いまだ、どこか不思議そうな顔をしている〇〇ちゃんの言葉に深く頷く。
万里「はい。この店にはペアで参加できるお菓子作り体験があるんです。 今から一緒にどうですか?」
〇〇「……はい、喜んで」
はにかむ笑顔に心を奪われて、そっと手を差し出せば、ほんのりと頬を染めた彼女のしなやかな手が私の手を取ってくれた。
早速、ショップの奥にある厨房へと案内される。
パティシエからの調理説明を聞いていると、頭の中に完成図が出来上がっていくのを感じた。
(……理解。思ったより簡単そうだ)
そう思えば気がはやり、手順を思い描きながら調理を始める。
〇〇「万里くん、すごい……一回聞いただけで完璧に覚えたんですか?」
(褒められた……!)
予想していなかった賞賛の言葉に、思わず口角を上げてしまいそうになる。
万里「日ごろから撮影で監督の指示やセリフを覚えることには慣れてますから」
メレンゲをしっかりと泡立てながら、平静を装ってみるものの……
幸せなひとときに、心の中まで甘いもので満たされていくようだった。
(手作りにして……よかった)
心は弾み、調理する手も軽やかに動く。
〇〇「すごい……まるでプロのショコラティエみたいです」
素直な感嘆の声に、はたと顔を向けると……
〇〇ちゃんの輝く瞳と視線がぶつかった。
(心臓に……悪いです。アナタのその顔は……)
万里「アナタが傍にいてくれるからですよ?」
自然と、私の口から言葉がこぼれ出す。
〇〇「え……?」
万里「アナタがこうして隣にいてくれるから、格好いいところを見せたいと張り切ってしまうんです」
甘い魔法をかけられたかのように、〇〇ちゃんの瞳から目を逸らせない。
万里「本当は作ったものを渡せばそれでいいのかもしれませんが……。 こうして一緒に作ることで、もっと気持ちが伝わるのかなと思いまして」
そこまで言って、彼女が体を固くしていることにふと気づく。
万里「〇〇ちゃん?」
(私は、何か変なことを……?)
ドキドキと、胸の音が大きくなった時…-。
〇〇「でも、私……ちゃんと上手くできているか不安で……」
(! そんなこと…-)
彼女が作っているアプリコットソースの匂いが、私の心に甘く切なく広がっていく。
万里「アナタがこんなにがんばってくれているのです。おいしくないはずないです。 ほら、オーブンからいい香りがしてきました。もうすぐ完成ですね」
〇〇「はい!」
こみ上げる愛おしさのままに頬を緩めれば、〇〇ちゃんも、満面の幸せそうな笑みを届けてくれる。
その笑顔を見て…-。
万里「私にはやっぱりアナタが必要のようです……。 これからも、一緒の時間を過ごしてくれませんか?」
〇〇「えっ、万里くん……」
彼女の潤んだ瞳が、驚きをたたえてじっと私を見つめる。
(っ……! まだ言うはずじゃ……)
万里「しまった……もうすぐ完成だというのに思わず先に言ってしまった! 本当は、一緒に食べている時に伝えたかったのですが……」
完成間近の艶のあるチョコレートを見下ろして残念な気持ちになったけれど……
〇〇「そんな! 私、すごく嬉しかったです」
意外な彼女からの言葉に、少し面食らってしまう。
万里「……そうですか? けれど、あまりにその……ムードとかが……。 監督にいつも注意されるんです。アクション以外は雰囲気も大切にしろって……」
どうしようかと考えながら、オーブンからチョコスポンジを取り出す。
(ああ、でもこっちは可愛くできたみたいだ)
ふっくらと丸く焼けたチョコスポンジを見ると、なぜか私の好きなぱんだちゃん
の顔が思い出される。
それに勇気づけられるように、私は彼女に改めて告げた。
万里「じゃあ、また後で改めて伝えさせてください」
〇〇「……はい」
完成は間近。幸せを運んでくれるような彼女のはにかみ笑顔に……
私の心はやはり、静かにしてはいられないのだった…-。
おわり。