万里くんと手を繋いでやって来たのは、昨日一緒に訪れたケーキショップだった。
〇〇「どうしてここに……?」
(昨日は贈り物って言ってたけど、ケーキのことだったのかな?)
不思議な気分で店の外観を見ていると、万里くんが優しい声で私に囁いた。
万里「ただ、贈り物を探してアナタに渡すだけじゃ、つまらないでしょう? だから、手作りでアナタにチョコレートを贈りたいなと考えました。 せっかくチョコレートの国に来たんですから、チョコレート作りを学ぶにも絶好のチャンスです」
〇〇「それで、この店に?」
万里「はい。この店にはペアで参加できるお菓子作り体験があるんです。 今から一緒にどうですか?」
〇〇「……はい、喜んで」
万里くんが伸ばした手を取ると、彼はショップの扉を開いた…-。
ショップの人に話を通すと、私達は店の奥にある厨房へ通された。
店のパティシエさんに教えられて、テーブルの上の材料を確認する。
万里「……なるほど。この柔らかくなったバターに湯せんに溶かしたチョコを混ぜて卵黄を加える……理解」
〇〇「万里くん、すごい……一回聞いただけで完璧に覚えたんですか?」
彼は手際よくボウルの中で材料を混ぜたかと思えば、次の瞬間には別のボウルでメレンゲを泡立て始める。
万里「日ごろから撮影で監督の指示やセリフを覚えることには慣れてますから」
その後、万里くんはケーキの生地を型に流し込んでオーブンに入れると、コーティング用のチョコレートをへらを使って大理石の上で伸ばし始めた。
〇〇「すごい……まるでプロのショコラティエみたいです」
思った通りのことを口にすると…―。
万里「アナタが傍にいてくれるからですよ?」
〇〇「え……?」
彼の優しい視線が、私にたっぷりと注がれていた。
ふわりとチョコレートの甘い香りが、鼻をくすぐって…-。
万里「アナタがこうして隣にいてくれるから、格好いいところを見せたいと張り切ってしまうんです。 本当は作ったものを渡せばそれでいいのかもしれませんが……。 こうして一緒に作ることで、もっと気持ちが伝わるのかなと思いまして」
別のボウルでアプリコットソースを作っていた私の手は、すっかり止まってしまった。
万里「〇〇ちゃん?」
〇〇「あ、私……ちゃんと上手くできているでしょうか……」
万里「アナタがこんなにがんばってくれているのです。おいしくないはずないです。 ほら、オーブンからいい香りがしてきました。もうすぐ完成ですね」
〇〇「はい!」
彼の言葉が嬉しくて自然と口元が笑みを作る。
すると私を見て万里くんが幸せそうにつぶやいた。
万里「私にはやっぱりアナタが必要のようです……。 これからも、一緒の時間を過ごしてくれませんか?」
〇〇「えっ、万里くん……」
まるでプロポーズのように大切に伝えられた言葉が頭の中で繰り返される。
(今のって……)
心臓が騒ぎ始めて戸惑っていると…-。
万里「しまった……もうすぐ完成だというのに思わず先に言ってしまった! 本当は、一緒に食べている時に伝えたかったのですが……」
悔しそうに言って、万里くんは艶の出てきたチョコレートを見る。
〇〇「そんな! 私、今のすごく嬉しかったです」
万里「……そうですか? けれど、あまりにその……ムードとかが……。 監督にいつも注意されるんです。アクション以外は雰囲気も大切にしろって……」
万里くんはオーブンから取り出したチョコスポンジを台の上に載せると私を振り返った。
万里「じゃあ、また後で改めて伝えさせてください」
〇〇「……はい」
焼き上がったケーキの甘い香りと一緒に、彼の笑顔が私に幸せを運ぶ。
(出来上がりが楽しみだな……)
約束された彼とのティータイムを前に、私は期待に胸を膨らませるのだった…-。
おわり。