藤目さんとの、疑似夫婦生活が始まった…-。
小さな家の中に、良い香りが広がっている。
(藤目さん、まだかな……)
オムライスを作っていた私は、後は卵で包むだけ、というところまで料理を終えて、藤目さんの帰りを待っていた。
すると…-。
藤目「○○さん、これで足りますか?」
勢いよく扉が開き、藤目さんが両手いっぱいに卵を抱えて帰って来る。
〇〇「こ、こんなに使いません」
藤目「そうなんですか……どんな卵がいいのかわからなかったので、街中のお店をまわったんですよ」
貼ってある値段を見ると、どれも卵とは思えないほどに高価なものだった。
(どこまで行ってくれたんだろう……)
藤目「そうだ、テーブルを拭くんでしたよね」
そう言って、藤目さんは、テーブルを不器用に拭きはじめた。
(何だか、可愛い……)
こみ上げる笑いをこらえ、私はオムライスの仕上げに取りかかった。
ふと見ると、藤目さんはお行儀よくテーブルについて私を見つめている。
〇〇「さあ、できましたよ」
お皿を置くと、藤目さんの瞳がパッと輝いた。
〇〇「お料理したの久しぶりで、自信がなくて……お口に合うといいんですけど」
藤目「久しぶりとは思えない手際の良さでしたよ」
私が席につくと、藤目さんはにっこりと笑う。
藤目「では、いただきますね。奥さん」
そう言ってスプーンを手にした藤目さんは、次の瞬間動きを止めてしまった。
〇〇「どうしたんですか?」
藤目「ハートマークがない……」
〇〇「え?」
藤目「何かで読んだことがあります。オムライスにはトマトソースでハートマークが書いてあると」
(どこでそんなもの……)
おかしさがこみ上げて笑ってしまう。
藤目「確かに読んだ記憶があるのですが」
そう言って、藤目さんは私に笑いかけた。
〇〇「ハートマークですね、ちょっと待ってください」
笑いながらそう言って、私はハートマークを描き始めた。
(あれ、けっこう難しいな……上手に描けない)
苦戦する私を、藤目さんがニコニコと笑いながら見守っている。
(できた……けど)
何とかハートに見えないことはないけれど、
お世辞にもきれいとは言えないハートが描き上がった。
藤目「……素晴らしい」
〇〇「え?」
藤目「新妻の初々しさを感じますね」
私を見つめる彼の瞳はどこか愛おしげにも見えて、思わずまつ毛を伏せる。
(ちょっとハートが上手に描けなかっただけなのに)
〇〇「ゆがんでしまってすみません……」
少しだけ、拗ねたような声が出てしまった。
藤目「ああ、拗ねないで……」
藤目さんは私の頬にそっと指先を触れる…-。
嬉しそうに笑う藤目さんと目が合って、頬が染まるのがわかった。
〇〇「……っ」
思わず、藤目さんの手から逃れるように顔を背けると……
藤目「……?」
藤目さんは、不思議そうに、私の頬に触れた指を見つめた。
(藤目さん……?)
藤目「……この気持ちは……」
爽やかな風が、窓から部屋に拭きこんだ…-。