第3話 新婚生活?

藤目「そうだ……新婚生活を取材するっていうのも面白そうだ。 協力してくれる、と言ってくれましたよね」

藤目さんが、私ににっこりと笑いかける…-。

藤目「では、○○さん、そういうことで」

彼はそう決めつけると、私の肩にぽんと手を置いた。

藤目「あ、結婚といっても、もちろん疑似でいいですから。取材ですからね」

〇〇「あの、どういうことか、よく……」

藤目「冷静な気持ちで疑似夫婦として生活し、自分の心情をつぶさに観察したいんです」

(観察?取材?)

藤目「さて、手始めに家でも買いましょうかね」

藤目さんは、私の手を掴んで足早に歩き出す。

〇〇「あの、授賞式は……!?」

手を引かれるままに彼の後を歩きながら、私は授賞式会場の方を振り返った。

藤目「そろそろ皆、諦めた頃でしょう」

我関せず、という様子で、藤目さんは会場と反対方向へと進んでいく。

藤目「さて、私の国へ移動しましょう」

〇〇「ふ、藤目さんの国?ムーンロードを渡るんですか?」

藤目「ああ、国と言っても、ここミステリアムから地続きなのでご心配なさらず。 少々長旅になりますが……馬車を用意させますので」

藤目さんがにっこりと笑うと、私は何も言えなくなってしまうのだった…-。


……

そうして私達は、藤目さんの国である文壇の国・東雲(しののめ)に辿り着いた…-。

街へ入るなり、藤目さんは不動産屋さんのようなお店を見つける。

店主「いらっしゃいませ。どんな家をお探しですか?」

藤目「○○さん、好きな家をどうぞ」

〇〇「え!?」

あまりに色々なことが一度に起こり、私はどうして良いかわからなくなってしまった。

藤目「私は机の前に座るか公務をするくらいしかすることがなくて。 まあ、そんな訳で印税が溜りに溜まっているんですよ。 さあ、好きな家をどうぞ」

(そんなことを言われても……)

店主「豪勢な旦那さんですねえ!奥さんは幸せ者だ」

〇〇「いえ、私達は…-」

藤目「すぐにでも購入して今日から住みたいんです。妻が気に入るような家を見せてください」

藤目さんは、イタズラっぽくそう言い、楽しそうに笑った。

藤目「さあ、選んで」

〇〇「え、選べません……!」

困ってそう言うと、藤目さんは肩をすくめる。

藤目「では、どこか新婚夫婦にふさわしい家をもらいましょう。 我が妻は、見ての通り控えめで遠慮がちな女性なのでね」

藤目さんは、店主に笑いかけた。

店主「では、こちらの物件など如何でしょうか。家具も揃っていますし、すぐにでも暮らせますよ」

藤目「どうだい?気に入るだろうか?」

藤目さんは、私の顔を覗き込む。

〇〇「は、はい……素敵なお家ですね」

戸惑いながらもそう言うと、藤目さんは満足げに頷いた。

藤目「では、これが代金です。今日入居できるようにしてください」

店主「今日ですか?それはまた急なお話で…-」

藤目「頼みましたよ。ああ、そうだ。食料や日用品も揃えておいてくれると助かりますね」

藤目さんは、店主ににっこりと笑いかける。

店主「……わかりました」

どうやら、藤目さんの飄々とした微笑みには、人を従わせる力があるようだった。

藤目「さて、準備にはそんなに時間はいらないでしょう。ゆっくり我が家へ向かいましょうか」

藤目さんに手を引かれ、私はお店を出たのだった…-。


……

やがて到着したのは、街から少し離れたところにある、本当に小さな家だった。

藤目「まずまずですね。新婚夫婦に似合いの家じゃないですか」

藤目さんはそう言って、窓を開ける。

(勢いに押されてここまで来てしまったけれど……)

藤目「ほら、見てください。鳥が飛んでいますよ」

藤目さんは、窓にもたれて楽しそうに笑っている。

そんな彼を見ていると、疑問や不安はどこかへ吹き飛んでしまった。

藤目「窓を開けるだけで楽しいだなんて。結婚生活とはこういうものなのでしょうか」

彼はそう言って振り向き、ハッと息を飲んだ。

藤目「すみません……もしかして、夫婦像として間違っていますか? どうやら、私ばかりが楽しんでしまって……」

藤目さんは、少し恥ずかしそうに頭を掻く。

その姿が可愛らしくて、私は思わず目を細めた。

〇〇「……私も楽しいですよ」

藤目「そうですか?それはよかった」

藤目さんは、ホッとしたように笑う。

(藤目さん、疲れちゃってたんじゃないかな)

(ただでさえ王子様という責任があるのに、その上人気作家としても活躍してて……)

窓辺に佇む彼を見つめ、私はそんなことを思う。

(……藤目さんが、また書けるようになるなら)

(何より、こんなに楽しそうにしてくれるなら)

(……協力しよう)

心を決めて、私は一つ大きく息を吸った。

〇〇「……疑似夫婦、でしたよね。じゃあ、テーブルを拭いてください」

そう言って布を濡らして手渡すと、藤目さんが瞳を瞬かせた。

〇〇「お昼を作りますから。テーブルを拭いて、それから……」

用意してもらった食材を点検して、頭の中でメニューを考える。

〇〇「卵を買って来てくれませんか?」

藤目「○○さん……」

〇〇「あまり料理は上手じゃないけど、オムライスくらいなら作れます」

そう言うと、藤目さんの瞳が輝いた。

藤目「オムライス?本で読んだことがあります。 トマトソースで味付けした具入りのご飯を卵で包んだもの……でしたね」

顎に手を当てて、藤目さんは、まるで学術本を読み上げるようにそう言った。

〇〇「美味しく作りますね」

そう言うと、藤目さんは大きく頷いた。

藤目「是非、お願いします。 楽しみだ。すぐに卵を買って来ます」

声をかける隙もなく、藤目さんは出て行ってしまう。

残された私は、何だか可笑しくて…-。

材料をまな板に載せると、張り切って料理を始めたのだった…-。

 

<<第2話||第4話>>