藤目「そうだ……新婚生活を取材するっていうのも面白そうだ。 協力してくれる、と言ってくれましたよね」
藤目さんが、私ににっこりと笑いかける…-。
藤目「では、○○さん、そういうことで」
彼はそう決めつけると、私の肩にぽんと手を置いた。
藤目「あ、結婚といっても、もちろん疑似でいいですから。取材ですからね」
〇〇「あの、どういうことか、よく……」
藤目「冷静な気持ちで疑似夫婦として生活し、自分の心情をつぶさに観察したいんです」
(観察?取材?)
藤目「さて、手始めに家でも買いましょうかね」
藤目さんは、私の手を掴んで足早に歩き出す。
〇〇「あの、授賞式は……!?」
手を引かれるままに彼の後を歩きながら、私は授賞式会場の方を振り返った。
藤目「そろそろ皆、諦めた頃でしょう」
我関せず、という様子で、藤目さんは会場と反対方向へと進んでいく。
藤目「さて、私の国へ移動しましょう」
〇〇「ふ、藤目さんの国?ムーンロードを渡るんですか?」
藤目「ああ、国と言っても、ここミステリアムから地続きなのでご心配なさらず。 少々長旅になりますが……馬車を用意させますので」
藤目さんがにっこりと笑うと、私は何も言えなくなってしまうのだった…-。
…
……
そうして私達は、藤目さんの国である文壇の国・東雲(しののめ)に辿り着いた…-。
街へ入るなり、藤目さんは不動産屋さんのようなお店を見つける。
店主「いらっしゃいませ。どんな家をお探しですか?」
藤目「○○さん、好きな家をどうぞ」
〇〇「え!?」
あまりに色々なことが一度に起こり、私はどうして良いかわからなくなってしまった。
藤目「私は机の前に座るか公務をするくらいしかすることがなくて。 まあ、そんな訳で印税が溜りに溜まっているんですよ。 さあ、好きな家をどうぞ」
(そんなことを言われても……)
店主「豪勢な旦那さんですねえ!奥さんは幸せ者だ」
〇〇「いえ、私達は…-」
藤目「すぐにでも購入して今日から住みたいんです。妻が気に入るような家を見せてください」
藤目さんは、イタズラっぽくそう言い、楽しそうに笑った。
藤目「さあ、選んで」
〇〇「え、選べません……!」
困ってそう言うと、藤目さんは肩をすくめる。
藤目「では、どこか新婚夫婦にふさわしい家をもらいましょう。 我が妻は、見ての通り控えめで遠慮がちな女性なのでね」
藤目さんは、店主に笑いかけた。
店主「では、こちらの物件など如何でしょうか。家具も揃っていますし、すぐにでも暮らせますよ」
藤目「どうだい?気に入るだろうか?」
藤目さんは、私の顔を覗き込む。
〇〇「は、はい……素敵なお家ですね」
戸惑いながらもそう言うと、藤目さんは満足げに頷いた。
藤目「では、これが代金です。今日入居できるようにしてください」
店主「今日ですか?それはまた急なお話で…-」
藤目「頼みましたよ。ああ、そうだ。食料や日用品も揃えておいてくれると助かりますね」
藤目さんは、店主ににっこりと笑いかける。
店主「……わかりました」
どうやら、藤目さんの飄々とした微笑みには、人を従わせる力があるようだった。
藤目「さて、準備にはそんなに時間はいらないでしょう。ゆっくり我が家へ向かいましょうか」
藤目さんに手を引かれ、私はお店を出たのだった…-。
…
……
やがて到着したのは、街から少し離れたところにある、本当に小さな家だった。
藤目「まずまずですね。新婚夫婦に似合いの家じゃないですか」
藤目さんはそう言って、窓を開ける。
(勢いに押されてここまで来てしまったけれど……)
藤目「ほら、見てください。鳥が飛んでいますよ」
藤目さんは、窓にもたれて楽しそうに笑っている。
そんな彼を見ていると、疑問や不安はどこかへ吹き飛んでしまった。
藤目「窓を開けるだけで楽しいだなんて。結婚生活とはこういうものなのでしょうか」
彼はそう言って振り向き、ハッと息を飲んだ。
藤目「すみません……もしかして、夫婦像として間違っていますか? どうやら、私ばかりが楽しんでしまって……」
藤目さんは、少し恥ずかしそうに頭を掻く。
その姿が可愛らしくて、私は思わず目を細めた。
〇〇「……私も楽しいですよ」
藤目「そうですか?それはよかった」
藤目さんは、ホッとしたように笑う。
(藤目さん、疲れちゃってたんじゃないかな)
(ただでさえ王子様という責任があるのに、その上人気作家としても活躍してて……)
窓辺に佇む彼を見つめ、私はそんなことを思う。
(……藤目さんが、また書けるようになるなら)
(何より、こんなに楽しそうにしてくれるなら)
(……協力しよう)
心を決めて、私は一つ大きく息を吸った。
〇〇「……疑似夫婦、でしたよね。じゃあ、テーブルを拭いてください」
そう言って布を濡らして手渡すと、藤目さんが瞳を瞬かせた。
〇〇「お昼を作りますから。テーブルを拭いて、それから……」
用意してもらった食材を点検して、頭の中でメニューを考える。
〇〇「卵を買って来てくれませんか?」
藤目「○○さん……」
〇〇「あまり料理は上手じゃないけど、オムライスくらいなら作れます」
そう言うと、藤目さんの瞳が輝いた。
藤目「オムライス?本で読んだことがあります。 トマトソースで味付けした具入りのご飯を卵で包んだもの……でしたね」
顎に手を当てて、藤目さんは、まるで学術本を読み上げるようにそう言った。
〇〇「美味しく作りますね」
そう言うと、藤目さんは大きく頷いた。
藤目「是非、お願いします。 楽しみだ。すぐに卵を買って来ます」
声をかける隙もなく、藤目さんは出て行ってしまう。
残された私は、何だか可笑しくて…-。
材料をまな板に載せると、張り切って料理を始めたのだった…-。