イラ「膝から血が……!」
転んだ私を抱き起したイラさんが、悲痛な声をあげる。
イラ「護衛、この道は先週舗装されたばかりだったよね?」
護衛「はっ、つい3日前に舗装が終了したと聞いております」
イラさんは、私を横抱きに抱き上げたまま下ろそうとしない。
イラ「……責任者を呼んでもらえる?」
護衛「はっ? 責任者でございますか?」
イラ「ええ。できたばかりでこのような……工事の怠慢ですね。すぐに呼び出してください」
(口調が丁寧になってる……!)
―――――
執事『ええ。一度目は普段通りの口調、二度目はやや丁寧にお怒りになる。 二度のお怒りで事態が改善されなかった時には……』
―――――
抱かれている腕から震えが伝わってきて、彼が静かに怒っていることがわかった。
〇〇「イラさん……!」
(次で、『3度目のイラ様』になっちゃう……!)
〇〇「イラさん、私は大丈夫です」
イラ「どこが大丈夫なのですか? それに、この道は子どもが多いからということで舗装させたのですよ。 さあ、責任者を呼んでください。役に立たない腕なら、消してしまいましょう」
〇〇「イラさん、私は注意不足でつまづいただけです。それに、道は直せばいいじゃないですか……!」
まだ膝は痛かったけれど、彼の腕をほどき、自分の足で地面に立って見せる。
〇〇「ほら、私、痛くないです! 大丈夫です!」
イラ「嘘も休み休み仰っていただきたいものですね。こちらへ来て大人しく抱かれていてください」
〇〇「だ、大丈夫です! お城もすぐそこですから!」
イラ「……あなたも、私の邪魔をするのですか?」
〇〇「……っ」
どこまでも冷たいイラさんの声が恐ろしく、私は足早でその場から去っていく。
イラ「待ちなさい。止まらないと怪我がひどくなるでしょう。ああ、責任者をもっとしっかりと罰せねば」
背筋が凍り、全速力で城へと駆けた…―。
イラさんを振り切って部屋に入ると、私は彼の鼻先でドアを閉める。
(鍵……! こんな膝、見せられない!)
慌てて鍵をかけて、床に座りこんだ。
膝の怪我からは血が流れていて、私はそこにタオルを当てる。
イラ「……怒ってごめんね。開けてくれる?」
ドアの向こうで、彼の冷気に満ちた声がする。
(イラさん、きっと怒ってる……!)
〇〇「だ、大丈夫です! 大した怪我じゃありませんから」
イラ「いいから、ここを開けなさい。手当てをするだけですよ」
(丁寧な言葉……! 二度目だ……!)
イラ「なぜ言うことを聞けないのですか? 扉を開けなさいと言っているのです!」
(怖い……!)
次の瞬間、錠前に鍵が差し込まれ、音もなく扉が開いた。
(怖いよ……!)
イラさんの表情は冷ややかな怒りに満ちていて、私は恐怖ですくみあがってしまう。
〇〇「怒らないでください……工事した方の腕を潰すなんて、言わないでください」
言葉と共に、涙が出そうになってしまう。
イラ「……!」
私の涙を見て、イラさんの怒りがさっと引いていくのがわかる。
イラ「泣かないで……怖かったよね。 お願いだから、泣かないでくれ」
優しく言葉をかけられても、涙が一筋こぼれ落ちる。
(……どうしよう)
イラさんは、どうしていいかわからないといった様子で私の背を撫でた。
次の瞬間……
イラ「……泣くなと言っている!」
〇〇「!」
イラさんは、力いっぱいに私を抱きしめた。
〇〇「イラ、さん……?」
何が起こったのか理解できず、私はまばたきを繰り返す。
イラ「もう、怒ってないから……怒りは鎮めるから……どんなことでもするから。 お願いだから泣き止んで……」
私を抱くイラさんの腕が震えている。
(イラさん……)
彼が、震える指で私の頬の涙をぬぐう。
イラ「君だけは、僕から逃げないで……」
(怒ったイラさんは、怖い……)
―――――
イラ『誰かと手を繋いで歩くのは、生まれて初めてだ。 ……手を繋ぐと、
優しい気持ちになるんだね』
―――――
(けど……)
私は、震える彼の手をそっと握る。
イラ「……っ」
それだけで泣きそうな顔をした彼を、私は心の奥で愛おしいと思う。
イラ「君が好き……!」
イラさんの腕に抱きしめられて……
私は、彼の手を強く握りしめるのだった…-。
おわり。