鳥によってつけられた、〇〇さんの傷を見た瞬間……
体の奥底から、ふつふつと怒りが湧き上がってきた。
(駄目だ……抑えられない)
(また、恐れられるのか)
(また、一人になるのか)
憤怒の情から解き放たれた後は、大抵遠くから恐ろしげに僕を見つめる人々の視線が僕を待っていた。
一人……この孤独こそ、僕が最も恐れ、しかし最も親しんできたものだった。
けれど……
〇〇「イラさん……」
彼女の細い指が、僕の視界を覆う。
(〇〇さん!? どうして……)
(君は、逃げないの……?)
(僕を置いていかないの?)
優しい暗闇に、体中を覆っていた怒りが静かに遠ざかっていくのがわかった。
衛兵「イラ様が……イラ様が、3度目のイラ様を発動なさらなかった……!」
静まり返っていた庭に、歓喜の叫びがこだまする。
イラ「〇〇さん……」
瞳を覆っていた温もりが静かに遠ざかり、柔らかな日差しに照らされる彼女の姿が、視界に飛び込んできた。
(途中で、止まった?)
(まさか、こんなことが……)
イラ「初めてだ……途中で憤怒の情を抑えることができたのは……。 なぜ目隠しを? 君は魔法使いなの?」
未だ信じられず、僕は何度もまばたきをする。
〇〇「えっと……イラさんが、全てのことから目をそらせない、真っ直ぐな人だから……だと思います」
イラ「どういうこと?」
彼女の細い手首を掴んで引き寄せ、静かに尋ねる。
〇〇「うーん……大人になると、人っていろんなものに目をつむると思うんです。 傷つきたくないとか、自分には関係ないと思いたいとか、他のことで手一杯とか、いろんな理由で。 それを、優しいとか、穏やかとか、いろんな風に呼ぶこともあるけど。 イラさんは、目をつむるかわりに怒るんです。 いろんなものから目をそらせない、純粋で優しい人だから」
(え……?)
イラ「優しい……? 僕が……?」
(何を言ってるの?)
生まれて初めて僕に向けられた、その言葉の柔らかな響きに驚く。
(正気? 僕は、怒りに任せて人を平気で傷つけてしまうのに)
〇〇「はい。だから……イラさんにできないのなら、目隠しをしてあげたくなった……んだと思います。 だって、怒った後にイラさんは傷ついているから。自分を責めて、後悔しているから」
イラ「〇〇……」
どうして君は、僕のことを見抜いてしまうんだろう)
(どうして……一番欲しい言葉をくれるんだろう)
〇〇の優しい瞳が、僕を真っすぐに見つめる。
そんな彼女の瞳を、僕は手でそっと覆い……
〇〇「え……? イラさん……? どうしたんですか?」
イラ「しばらく、このままで」
声がふるえないように、随分と気を配る必要があった。
(君の瞳が、あんまり優しく僕を見つめるから)
(そういうの……慣れてないんだ)
イラ「なんでも良く見えてしまう君に、目隠しをしてあげたくなったんだ。 そんなに人の心を思いやれると、苦しいこともあるだろうから」
(誰よりも優しい君が、傷ついてしまう)
(そんなのは、僕が耐えられないから……)
両目を覆われた彼女は、小さく身じろぐ。
イラ「それに……今、どんな顔してるかわからないから、見られたくない」
〇〇「あの……見たいです」
イラ「駄目」
(見せられるわけないだろう)
(大切な女の子に、そんなの……)
僕は短く言葉を紡いだ後、彼女の首筋にキスを落とした。
〇〇「……っ」
みるみる真っ赤に染まっていく彼女の頬を見て、胸が大きく音を立てる。
イラ「これからも……僕が憤怒に飲み込まれそうになったら、目隠しをしてくれる?」
(ずっと、傍にいてくれる……?)
〇〇「……はい」
彼女の答えに嬉しさが込み上げてきて、思わず笑みがこぼれてしまう。
イラ「それなら……僕、きっとこれからも穏やかでいられると思う」
(君がくれる優しい闇が、きっと全てを覆い隠してくれるから)
イラ「ただ、困ったことがあるんだけど」
〇〇「困ったこと……?」
イラ「うん。目を閉じてみても、まぶたの裏に君の微笑みが浮かぶんだ。 こればっかりは目隠ししても無駄だと思うんだけど……僕、どうしたらいいかな?」
次の瞬間、彼女がくすりと微笑む。
そして目隠しをする僕の手をそっとはずし、こちらを振り返ると……
イラ「〇〇……?」
僕を抱きしめる〇〇の髪が、頬をくすぐる。
それを彼女の答えとして受け取った僕は……
(……ありがとう)
優しい温もりを壊してしまわないように、柔らかく抱きしめ返したのだった…-。
おわり。