やわらかな草を踏み、私は藤目さんの後ろ姿を追いかける…―。
〇〇「藤目さん、どうしたんですか……?」
何とか隣に並ぶと、藤目さんは困ったように眉を寄せた。
藤目「……」
〇〇「もう、授賞式がはじまってしまいます」
何も言わない藤目さんの袖をそっと引く。
すると彼は立ち止り、少し迷ってから口を開いた。
藤目「……賞をいただく資格がない」
〇〇「え?」
藤目「……書けないんです」
〇〇「書けない?」
藤目「ええ。もう何も浮かばない……恋愛小説家なのに、甘い言葉の一つも浮かばないんです。 こんな私が受賞しては、賞の名を汚してしまう。次の一行を書ける気すらしないのに」
〇〇「汚すなんて、そんなこと……」
藤目さんの声が苦しそうで、私は彼を励ます言葉を探す。
〇〇「私、この、『木漏れ日の恋』を読んで、すごく感動しました。 この賞にこんなにふさわしい作品は他にないなって思います」
藤目「それはもう一年も前に書いた作品です。その頃の私と今の私は違う。 私は才能を失ったんです……いや、もともと才能なんてなかったのかもしれない……」
藤目さんは自嘲するように微笑んで、私から目を逸らした。
〇〇「そんな……!」
(どうしてそんなこと……)
憂いを帯びる彼の表情に胸を締め付けられ、声をかけようとすると…-。
藤目「……まあ、そういうことだから、授賞式は遠慮することにしましょう」
藤目さんは、そう言って、草を摘んで草笛を吹き始める。
思わず彼の肩に触れると、藤目さんは草笛を落としてしまう。
藤目「……貴方は優しいですね」
彼はそう言って、目を細めた。
〇〇「才能がない人は、そんな風に悩んだりしないと思うんです…。 きっとまた、書けます。私、読みたいです」
藤目「……」
必死に言葉を重ねると、藤目さんは静かに私の瞳を見つめた。
藤目「そうだな、では、また書けるように協力してくれますか?」
〇〇「え?はい、私でお役に立てるなら、もちろん!」
藤目「実は、私は恋愛というものをしたことがないんです。取材ができれば嬉しいのですが」
〇〇「え!?でも、この素敵な恋のお話は……?」
藤目「人から聞いた話や歴史上の人物のラブレターなんかから着想を得ました。 そうだ……結婚生活を取材するっていうのも面白そうだ」
彼は、自分で言いながら何度も頷いている。
藤目「協力してくれる、と言ってくれましたよね」
(言った、けど……)
返事をできずにいると、藤目さんは私の瞳を見つめ、にっこりと笑う。
風が彼の髪を揺らした…―。