窓の外で鐘が鳴る。
イラ「……本当にごめんね」
その音が合図になったように、イラさんが重い口を開いた。
イラ「僕の中には、いつも憤怒の炎が渦巻いているんだ。 自分が恐ろしいよ……。 だから、キミが恐ろしいと思うのも無理はない」
イラさんは、そう言って私から離れるように後ずさりをする。
イラ「もっと自分を律さなきゃね。 憤怒の一族……って、聞いただけで怖そうでしょ。 幼い頃から穏やかな人になろうと必死に律してきたんだけど……ダメだな、僕。 いろんなことが許せないんだ。世の中のいろいろな不条理を想像すると、憤怒に飲み込まれてしまう。 特に……大切な人に関することには抑えがきかなくて」
(イラさん……)
イラさんは、ぎゅっと自分の拳を握る。
その手が小さく震えていることに気がつき、私はイラさんの顔を見上げた。
(イラさん、苦しそう……)
(それに、ずいぶん疲れているみたい)
イラさんは、少し離れていただけなのに、げっそりと頬が痩せているように見える。
(そっか……怒るのって、疲れるよね)
(だから見てみぬふりをする人もいっぱいいるけど……イラさんは、それができない人なんだ)
イラ「ごめんね。僕といるの、怖いでしょ。 君に会いたくて、招待してしまったけど……誰かに送らせるね」
イラさんが合図をすると、護衛の方々が私にお辞儀をする。
イラさんが笑いながら私に手を振った時……言いようもない彼の寂しさが伝わってきた。
〇〇「イラさん……」
先ほどの恐怖はすでに遠くに感じられ、今はただ、彼の心の内が気にかかる。
〇〇「イラさんは、見てみぬ振りができないだけなんだと思います」
イラ「え……?」
イラさんは、心底不思議そうに私を見つめる。
その寂しげな瞳に胸が締めつけられて、口早に言葉を続けた。
〇〇「優しさって……いろんな形があるんじゃないでしょうか。 私、確かにさっきは怖かったけど……今はイラさんのこと怖くないです」
彼の震える拳にそっと手を重ねると、イラさんは手を引こうとする。
その手を引き止めて、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
イラ「怖くない? 僕は放っておけばさっき本当に受刑者の口を縫いつけたよ」
(や、やっぱり本気だったんだ……)
〇〇「それは怖いですし、よくないと思いますけど……。 でも、私のために怒ってくれたんですし。 ……こうして、自分がしてしまったことに震えているイラさんは……怖くないですよ」
彼の瞳が、変なものでも見たように大きく見開かれる。
イラ「そんなことを言ってくれた人は、今までいなかった……。 皆、怯えるか、怯えていないふりをするかだった……。 ありがとう」
イラさんは、なんだか恥ずかしそうに目を伏せる。
(照れた顔……はじめて見た)
(なんだか……笑っていた時より、怒っていた時より、素顔のイラさんを見ている気がする)
初めて見る彼の顔に、胸が甘くときめく。
〇〇「一緒に帰りましょう。お城で少し休憩したいです」
イラ「……うん」
イラさんは、満面の笑みを浮かべた。
イラ「でも……本当に気をつけてね。怒った自分が何をするか、僕にもわからないから」
〇〇「わかりました」
イラ「うん、じゃ……帰ろう」
イラさんが、私と手を繋ごうとしてためらう。
その手を自分から引き寄せて、そっと繋いだ…-。