フロストさんが、アイドルになるためのレッスンを始めた初日…-。
一日のレッスンをすべて終え、私達は帰路についていた。
フロスト「それにしても、心地よい疲労感だな」
満ち足りた表情のフロストさんの顔を、夕陽が美しく照らし出す。
○○「お疲れ様です。 フロストさんは…本当にすごいですね」
フロスト「何がだ」
ふと、レッスン中のフロストさんの姿を思い返す。
○○「声も、もちろん容姿も人柄も魅力的だから…ステージに立った時には、たくさんのファンができると思います。 そうしたら…-」
言おうと思った時、ちくりと胸に痛みを感じ、言葉に詰まってしまった。
フロスト「どうした」
眉をひそめ、フロストさんが次の言葉を急かすように私に詰め寄る。
(何を考えてるんだろう、私…フロストさんを慕う人なんて今でもたくさんいるのに。なのに…これ以上沢山ファンができたら、寂しいなんて…)
○○「い、いえ。なんでもないです…」
フロスト「…はっきりしろ」
そう言いながらも、フロストさんはそれ以上追求しようとはしなかった。
柔らかな橙色の夕陽に包まれ廊下を歩きながら、フロストさんとの間に、しばしの沈黙が流れる。
フロスト「…この国へ来てから、アイドルというものの存在をずっと考えている」
先に、再度口を開いたのはフロストさんだった。
フロスト「アイドルには、人の心を奪う何かがある。芸術や芸能ごとを鑑賞することには確かに、
自信を豊かにすることに変わりはないと思うのだが…アイドルはまた別格のようだ」
フロストさんらしい思案に、私の心を占めた寂しさが、少しだけまぎれる。
○○「私も、アイドルのライブは輝いていて素敵だなと思います」
フロスト「…そうだろうな」
○○「えっ…?」
フロスト「ライブを見た時、お前の目は輝いていたからな」
○○「っ…」
(私、そんなにはしゃいでいたかな…少し恥ずかしい)
フロスト「お前にそんな顔をさせるとは…-」
○○「え?」
やや不機嫌そうな声が耳に届き、隣を見上げると…
フロスト「…いや、いい」
私を見つめる深紅の瞳と目が合ったけれど、フロストさんはすぐに前を向いてしまった。
フロスト「しかしこれまで、芸能ごとを行う側になるなど考えもしなかったことだからな。 こういう形で、人に何かを与えることもできるのだと、改めて知る機会となった。 実に有意義だ。この国へ来れたことに感謝しよう」
(フロストさん…)
凛々しい彼の横顔に、私の視線は簡単に奪われてしまう。
(どんなアイドルになるんだろう)
一瞬感じた寂しさはもう消えていて…期待とときめきで、私の胸はドキドキと高鳴るばかりだった…-。
その後、宿泊先の部屋まで送ってくれたフロストさんは、帰り際…
フロスト「明日のレッスンだが、お前もまた見に来い」
○○「え…ー」
フロスト「明日朝、迎えに来る」
私が何か言う前に、フロストさんは颯爽と踵をかえしたのだった…-。