月SS 俺がいれば大丈夫

『ビートン・フィルムパーク・水晶宮からの招待状』アトラクション内にて…―。

突如、目の前に現れたホログラムの恐竜の映像に驚いて、腰を抜かしそうになった。

(な、なんだこれは……! こんなもの、俺は作中に出してない)

驚いた衝撃に心臓は速まるばかりで、なかなか落ち着くことができない。

(だ、駄目だ。今は○○がいる! しっかりしろ、俺!)

グレアム「こ、これは原作にはないはず……。 なんでだ……まさか、またウィルが余計なことを…-!? いや、落ち着け、俺!」

自制も空しく、心の内が言葉として出てしまった。

(見ている……○○が俺を見ている)

気を紛らわそうと、俺は眼鏡をかけ直した。

グレアム「と、とりあえず先に進もう。この謎は……」

なんとか冷静を装ったつもりだったのだが…―。

○○「あの、グレアム君、大丈夫ですか?」

グレアム「っ……!」

心配そうな○○が、俺の顔を覗き込んでくる。

(ば、バレないようにしなければ。この程度で驚いたなんて、言えやしない)

(そんなのは格好悪いよ……!)

グレアム「何が? 俺はいつだって至って冷静な判断のできる作家だ。 そう、至って冷静。つまり落ち着いている。まるで静謐な時間を過ごしているかのよう……」

(これ以上対応していては……ボロを出してしまう)

そう思った俺は、慌てて歩き出す。

慌ててついてきてくれ○○だけは置いてきぼりにしないよう留意しながら、洞窟のアトラクションの深部へと向かうのだった…―。

……

その後も、謎を解きながら先へ進もうとするのだが……

(っく……どうも調子が悪い……!)

(普段の俺なら、これくらいの謎解きなど容易いはずなのに)

恐ろしい演出の連続のせいで、心臓は鳴りっぱなしで……

ましてや、○○にそれを気づかれないように取り繕うのはすごく大変だった。

そんな時…―。

グレアム「あっ、これはもしかして不正解…―」

ついに、失敗を犯してしまった。

(こんなはずじゃ……!)

思わず、謎解きのセットに八つ当たりでもしそうになった矢先…―。

グレアム「くっ……」

後方の入り口が、ガラガラと音を立てて塞がれてしまった。

(なんてことだ……)

(せっかく○○と一緒なのに、台無しじゃないか……!)

グレアム「駄目だ。もう時間制限も引っかかってしまいそうだし……」

○○「あ……」

悔しくて唇を噛みしめた時、○○が何かに気づいて手を伸ばした。

○○「これは、なんでしょうか……?」

グレアム「え?」

(あっ、無暗に壁に触ると……!)

グレアム「うわあああっ……! 危ない! 危な……っ、く、ない……?」

慌てて○○を止めようと思ったけれど…―。

(え……ここは……)

洞窟内に地鳴りのようなものが鳴り響いたかと思えば、目の前に道が開かれていた。

外のライトがまぶしく光り、脱出が成功したことを指し示している。

○○「成功……?」

グレアム「これは……つまり、脱出方法は何通りもあるということか」

(知らなかった……)

突然成功した脱出劇に、放心状態でつぶやきを落とす。

すると、俺の目の前で○○がぱっと笑顔になった。

○○「でもつまり、無事に脱出できたんですね!」

頬を紅潮させながら、彼女はぎゅっと俺の手を握りしめる。

(う……急に握られると……!)

グレアム「う、うん……」

今度は違う意味で、心臓が早鐘を打ち始める。

そんな俺にはお構いなしで、○○は嬉しそうに言葉を続けた。

○○「怖いところもたくさんあって、謎も深くて……本物の探検のようで。 グレアム君の作品のアトラクション……すごいです!」

(なんだって……!)

冷静を装いながら、俺は混乱をきたしていた。

(失敗ばかりだったじゃないか……なのに、なんでこんな嬉しそうな顔して)

(失敗じゃない……成功? 成功だったのか?)

グレアム「ま、まあ……そうだね」

とりあえず今までの失態を取り戻すべく、俺はコホンと一つ咳払いをしてみせる。

グレアム「この天才ミステリー作家たる俺に、解けない謎はない」

(よし、この調子だ)

そんな俺を見た○○が、くすりと笑った。

(む……)

グレアム「何か言いたいことでも?」

○○「いえ、ふふっ。嬉しかっただけです!」

文句の一つでも言っておこうかと思ったら、笑みをこぼす彼女に一瞬見とれてしまい……

グレアム「っ……そうか」

すっかり毒気を抜かれてしまった。

(正直なところ、笑われるのは心外だが……まあ、悪い気分じゃない)

(許してあげるよ)

グレアム「よし、この調子で新作執筆だ!」

○○「はい! またアトラクションにもなるといいですね!」

グレアム「ああ……その時にまた何か起こっても、俺がいれば大丈夫だから」

(うん、それは間違いない。俺は天才ミステリー作家だからな)

そんな自信を胸に秘めて、○○と手を繋ぎ合ったのだった…―。

 

 

おわり。

 

<<月最終話